《書 誌》
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【文献番号】
28135453
【文献種別】
判決/東京高等裁判所(控訴審)
【裁判年月日】
平成19年 8月22日
【事件番号】
平成18年(う)第1583号
【事件名】
各強姦未遂被告事件
【事案の概要】
共犯者らと共謀の上、被害者を強姦しようとしたが、被害者が生理中であったためにその目的を遂げなかったとして、原審で有罪判決を受けた被告人4名が、それぞれ原判決に対して控訴を申立てたという事案で、被害者の供述及び被告人・共犯者らの自白供述の根幹部分の信用性を認め、原判決に事実誤認が存しない等としつつ、職権調査に基づき、未決勾留日数の算入については理由そごの違法があるとして原判決を破棄し、被告人らにそれぞれ懲役1年6月を言渡した事例。
【裁判結果】
破棄自判
【裁判官】
中川武隆 後藤真知子 小川賢司
【全文容量】
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《全 文》
【文献番号】
28135453
各強姦未遂被告事件
東京高等裁判所平成18年(う)第1583号
平成19年8月22日第3刑事部判決
判 決
会社員 P1 昭和59年○月○日生
アルバイト P2 昭和60年○月○日生
会社員 P3 昭和59年○月○日生
会社員 P4 昭和59年○月○日生
上記4名に対する各強姦未遂被告事件について,平成17年10月27日静岡地方裁判所沼津支部が言い渡した判決に対し,被告人4名からそれぞれ控訴の申立てがあったので,当裁判所は,検察官戸澤和彦出席の上審理し,次のとおり判決する。
主 文
原判決を破棄する。
被告人4名をそれぞれ懲役1年6月に処する。
原審における未決勾留日数中,被告人P1,同P2及び同P3に対しては各150日を,被告人P4に対しては110日を,それぞれその刑に算入する。
原審における訴訟費用中,証人P5及び同P6に支給した分は被告人P1の負担とし,その余は被告人4名の連帯負担とする。
理 由
本件各控訴の趣意は,主任弁護人沼澤龍起,弁護人近藤浩志,同南條潤,同梅田欣一,同相良優太,同鈴木勝利,同丸山恵一郎,同大野徹也,同佐野知子,同崔宗樹,同増渕勇一郎,同渡邉宙志連名作成名義の控訴趣意書及び主任弁護人沼澤龍起,弁護人近藤浩志,同南條潤,同梅田欣一,同相良優太,同鈴木勝利,同丸山恵一郎,同佐野知子,同崔宗樹,同増渕勇一郎,同渡邉宙志,同池田千絵,同渡邉迅連名作成名義の弁論要旨記載のとおりであり,これに対する答弁は,検察官小泉昭作成名義の答弁書記載のとおりであるから,これらを引用する。
なお,以下において,甲乙別の数字は,原審における証拠等関係カード記載の検察官請求証拠番号を,当審検を付した数学は,当審における証拠等関係カード記載の検察官請求証拠番号を示し,弁を付した数字は,原・当審別に証拠等関係カード記載の弁護人請求証拠番号を示すものである。
第1 訴訟手続の法令違反の主張について
1 訴因変更手続の違法の主張について
論旨は,要するに,原審は,検察官が,本件各被告人に対する起訴状記載の公訴事実中「平成13年9月16日午後9時50分ころから同日午後11時ころまでの間」とあるのを「平成13年9月9日午後9時30分前後ころ」にそれぞれ改める旨の訴因変更(以下「本件訴因変更」という。)を請求したのに対し,平成14年10月17日の第4回公判期日において,これを許可する決定をしたが,(1)本件においては,両訴因が成立する可能性が否定されないので,新旧両訴因は非両立の関係にはなく,公訴事実の同一性は認められないから,本件訴因変更請求は刑訴法312条1項に違反する,(2)本件訴因変更は,防御権を著しく侵害されるという被告人らの犠牲の下に,検察側に多大な利点を与え,捜査機関の初動捜査における怠慢を不問にするものであり,検察官によるこのような訴因変更請求は正義衡平の理念に反し,訴因変更権の濫用といわざるを得ない,よって,本件訴因変更請求の許可決定を前提とする原判決には,訴訟手続の法令違反があり,これが判決に影響を及ぼすことが明らかである,というのである。
そこで,原審記録を調査して検討するに,原審における本件訴因変更の許可に訴訟手続の法令違反があるとは認められない。以下,説明する。
(1)まず,変更前後の両訴因の公訴事実の同一性について判断するに,変更前の訴因は,被告人4名が,「P7,P8,P9らと共謀の上,P10(以下「P10」という。)を強いて姦淫することを企て,平成13年9月16日午後9時50分ころから同日午後11時ころまでの間,静岡県a市<以下略>所在のa市b公園内終日亭北側において,同女に対し,背後からその場に押し倒し,その両腕,両足を押さえ付け,その衣服をはぎ取るなどの暴行を加え,その反抗を抑圧し,強いて同女を姦淫しようとしたが,同女が生理中であったことから,順次,同女に接ぷんしたり,その乳房をもてあそぶなどのわいせつ行為をするにとどまり,その目的を遂げなかった」というものであったが,P10が原審第3回公判期日において,同女が平成13年9月ころ,a市b公園内において,10人の犯人から受けたという1回の強姦未遂被害について,被害を受けた日は,平成13年9月16日ではなく1週間前の日曜日の同年9月9日であると供述を変更し,その時刻についても若干変更する証言をしたことを受けて,犯罪の日時のみを変更するものであり,犯罪の被害者,犯罪の場所,共犯者,行為態様などの事実関係を同じくするものであり,犯罪の日時は1週間の間隔があるにすぎないもので,証拠関係に照らしても,非両立の関係にあることは明らかであるから,基本的事実関係においては同一であり,両訴因の間に公訴事実の同一性があることは肯定される。本件訴因変更請求を許可した決定が刑訴法312条1項に違反するとはいえない。
(2)次に,訴因変更権の濫用をいう点につき検討する。
原審記録及び当審における事案取調べの結果によれば,本件訴因変更請求に至る経緯として,P10は,平成13年9月17日に前日の夜被害に遭ったとして被害届を提出し,以後,平成14年7月4日の原審第2回公判期日における証言に至るまで,被害日時について変更前の訴因に沿う供述をしていたが,P10の携帯電話の通話明細(甲17同意部分)によれば,P10は,平成13年9月16日午後8時4分53秒から1分5秒間P10の母親の携帯電話と通話した直後の同日午後8時6分14秒ころから36秒余り別の携帯電話(○○○○○○○○○○○)と通話したことが認められるところ(なお,P10は,母親との通話について,犯人の一人であるP7[以下「P7」という。]に命じられて電話をかけた旨供述していた。),原審弁護人は上記携帯電話(○○○○○○○○○○○)の使用者P11(以下「P11」という。)から,同日夜P10がP11と会っていたことを聞き出し,P10の原審第2回公判証言時にその旨追及したこと,その後,捜査機関において,再度P10の取調べを行い,警察官調書5通(当審検23ないし27),検察官調書4通(当審検32ないし35)が新たに作成されたほか,P10供述の裏付け捜査を経て,検察官は,P10の再尋問を請求したこと,平成14年9月19日の原審第3回公判証言において,P10は,被害を受けたのは1週間前の平成13年9月9日の日曜日で,その後帰宅した時間も午後11時前ころであったとし,被害を受けたことはすぐには家族に言わなかったこと,犯人に口止めされて怖かったのもあるし,P7に声をかけられたときにひょこひょこついていってしまい被害を受けたとは,恥ずかしくて言えなかったこと,同月16日夜,母親に電話で電車が止まっているなどとうそをついてP11と会ったが,同日午後12時ころ帰宅した際,うそをついていたことが家族に発覚しており,異性関係に厳しい母親に怒られると思い,ずっと頭の中に残っていた同月9日の被害のことを言って取り繕ったことなどを供述し,同証言後,その公判期日において検察官は,本件訴因変更請求をしたことが認められる。
そして,原裁判所は,平成14年10月17日の原審第4回公判期日に本件訴因変更を許可した後,平成17年4月14日の原審第32回公判期日に至るまで,約2年半にわたり証人尋問・被告人質問等の証拠調べ期日を重ね,論告,弁論,被告人らの各最終陳述を経て,同年6月16日の原審第34回公判期日において結審したものであるが,その間,P10の変更後の供述の信用性に係る平成13年9月9日の降雨状況や被告人らの同日のアリバイなどに関する証拠調べにも,多くの期日が当てられている。
以上によれば,検察官による本件訴因変更請求は,P10の供述変更に対応して行われたやむを得ないもので,P10の供述変更が弁護人の当初訴因に対する防御活動の結果引き出されたとの経緯があるにしても,本件訴因変更請求が被告人らの防御権を侵害したとはいえず,また,捜査機関の当初の裏付け捜査が万全を尽くしたとはいえなかったにしても,検察官の本件訴因変更請求が正義衡平の理念に反し,訴因変更権を濫用したものとはいえず,しかも,原裁判所は,本件訴因変更許可後,被告人及び弁護人に十分な防御の機会を与えたものと認められるから,原審における本件訴因変更の許可及び許可された訴因に基づく罪となるべき事実の認定手続に違法のかどは認められない。
論旨は理由がない。
2 判決書作成の違法の主張について
論旨は,要するに,原審は,判決宣告から5か月近く経過した平成18年3月24日に判決書を作成したが,この遅延は,判決宣告時における内部的な判決不成立の表れであり,原判決は宣告時に理由を欠く違法な判決である,また,判決書は,判決宣告の日から遅くとも90日以内には作成されなければならず,この期間を超えても作成されないことは,憲法37条1項(趣意書に憲法39条1項とあるのは誤記と認める。)に定める迅速な公開裁判を受ける被告人の権利を奪うことになり,刑訴規則53条にも違反し,判決そのものを違法とすることになる,というのである。
そこで,原審記録を調査して検討するに,原審第35回公判調書によれば,平成17年10月27日開かれた第35回公判期日において,裁判長が判決の宣告をしたことが明らかであるところ,その判決の宣告は,刑訴規則35条2項に基づいて,主文の朗読及び理由の要旨を告げたものと認められ(論旨は,この点を認めている。),そうすると,その時点で,判決の主文は文書に記載されていたものであり,理由の要旨が告げられたのであるから,判決が内部的に成立していたことは明らかであり,原判決が宣告時に理由を欠く違法な判決であるとはいえない。次に,論旨は,原審の判決書が作成されたのを平成18年3月24日としているが,これは,原審弁護人への原判決書謄本交付日をいうものと解される。しかし,そうであっても原判決書の作成がそのころまで遅延したものと認められ,それは妥当とはいえないが,その遅延期間を考慮しても直ちに原判決を違法であるということはできない。そうすると,原判決が刑訴規則53条に違反するといえないのはもとより,憲法37条1項に定める迅速な公開裁判を受ける被告人の権利が害されたともいえない。
原判決に判決書作成上の法令違反があるとは認められず、論旨は理由がない。
第2 事実誤認の主張について
論旨は,要するに,原判決は,P10の供述,共犯者とされるP7,P8(以下「P8」という。),P9(以下「P9」という。),P12(以下「P12」という。),P13(以下「P13」という。)及びP14(以下「P14」という。)の各自白供述,被告人4名(以下,被告人P1を「被告人P1」,被告人P2を「被告人P2」,被告人P3を「被告人P3」,被告人P4を「被告人P4」という。)の各自白供述について,いずれも信用性があると認定し,他方,共犯者とされる上記6名の少年ら(以下「共犯少年ら」ともいうことがある。)の各否認供述,被告人4名の各否認供述はいずれも信用性が存しないものと断じた上で,原判示事実を認定するが,原判決の上記証拠評価及び認定事実は,全面的に事実誤認であり,到底破棄を免れない,というのである。
そこで,原審記録及び証拠物を調査して検討するに,原判決がその挙示する関係証拠によって原判示罪となるべき事実を認定したことは正当であり,その理由を(補足説明)の項において説示するところもおおむね相当として是認することができるのであって,その他の証拠及び当審における事実取調べの結果を併せて検討しても,原判決の認定に所論指摘の事実誤認があるとは認められない。以下,所論にかんがみ説明する。
1 P10供述の信用性について
P10は,原審において,第2回公判期日の第1回証言時に被害を受けた日を平成13年9月16日(日曜日。以下,単に「9月16日」ということがある。)と述べて,原判示場所において,P7,P8を含む10名の男により,原判示の強姦未遂の被害を受けた旨供述したが,第3回公判期日の第2回証言時に,被害を受けた日を同月9日(日曜日。以下,単に「9月9日」ということがある。)と変更したほか,被害を受けるまでの経緯及び被害を受けて帰宅した時間等についても第1回の証言を若干変更したものであるところ,このP10の変更後の供述(もっとも被害状況に関する供述には,被害を受けていた時間の点を除き,変更はない。)が十分信用できるものであることについては,原判決が(補足説明)3項で説示するところを,おおむね正当として是認することができる。
すなわち,まず,関係証拠によれば,P10は,平成13年3月にc中学校を卒業して東京都d市内の高等学校に進学し,eとf電鉄を乗り継いで,a市内の自宅から通学していたこと,同年9月16日は,部活動のバスケットボールの試合でd市内の他校に行くなどしていたが,同日午後8時4分ころ,母親の携帯電話に,f線が事故で止まっているから遅くなる旨連絡してきたこと,同日午後9時30分ころ,母親が,駅に問合せて,f線は止まっていないと聞いたことから,心配してf線○○駅まで車で向かうなどする間に,P10は,その間P11とデートをして性交渉を持ち,同人に送ってもらって同日午後12時ころ帰宅したこと,母親から事情を聞かれたP10は,母親に対し,ea駅(以下「a駅」という。)に着いて母親に電話をしようとしたところ,c中学卒業生のP7に腕をつかまれてa市b公園(以下「本件公園」という。)まで連れていかれた,途中,何人も男の人がついてきて,本件公園に着いたときには10人くらいになってしまい,その男の人たちに,キスをされ,胸を触られたが,生理だったので,下半身は触られなかったなどと話したこと(甲18),P10は,同月17日,いったん登校した後,教師の勧めでa警察署に被害申告し,同月21日,a駅から本件公園内終日亭北側までの経路及びその付近一帯の実況見分並びに被害状況再現の実況見分が行われ(甲11,12各同意部分),被害状況に関する警察官調書(甲107はその抄本)が作成されたことが認められる。
P10供述は,被害に遭った日の点を除き,被害に至る経緯及び被害状況,すなわち,日曜日の夜,高等学校の部活動の帰りにa駅西口(○○)で中学同級生のP7及びもう一人の男(警察において写真によりP8と特定。なお,P8逮捕後,同人を透視鏡を通して見て,もう一人の男と特定した経過がある[当審検20]。)に会い,P7に声をかけられたこと,P7及びP8と歩いていくと,カラオケ「g」(以下「g」という。)の駐車場から4人の男が,gの斜め前の集会場のような建物のところから更に4人の男が現れ,10人の男と一緒に本件公園まで行ったこと,本件公園内の噴水の近くのベンチにP7及びP8に挟まれて座り,主にP7から話しかけられたりしていたが,リーダー格らしい男が「やっちまおうぜ」などと言ったのをきっかけに,P7に手首をつかまれて終日亭北側まで連れていかれ,押し倒されて両手首と両足首を押さえ付けられたこと,最初に馬乗りになってきたリーダー格らしい男から,衣服をたくし上げたり,ズボンを引き下ろすなどされたが,ショーツまでは脱がされず(リーダー格らしい男は,「こいつ生理になってるぜ。」などと言っていた。),10人全員から代わる代わる胸を触られたりキスをされるなどのわいせつ行為をされたものの,姦淫まではされなかったこと,リーダー格らしい男から,「親や警察にちくったら承知しないぞ。」などと口止めされ,本件公園を出て二人の男がつけてきて,うち一人はコンビニエンスストア(h○○店と特定。以下「h」という。)のところまでついてきたので,hに入り,その人がいなくなったのを確認して家まで逃げたことなどについては,最初に母親に話をし(これは,もちろん上記のとおり要点のみのものである。),警察に被害申告したときからほぼ一貫しており,その内容も具体的で自然なものである。
P10は,上記のとおり母親に電車が事故で止まったとうその電話をかけ,隠れてP11とデートをしたことを取り繕うため,1週間前の被害事実を平成13年9月16日の出来事として母親に話し,これが警察への被害申告以降原審第2回公判期日の証言まで続いたものであるが,だからといって直ちにその被害事実自体が虚構のものであったということはできない。P10は,変更前の供述においては,9月16日帰宅が遅かったことについての母親に対する弁解に適するよう経緯,帰宅時間等を修整したが,変更後の供述においては,9月9日の実際の出来事は若干違っていたとしてこれを訂正しているところであり,その訂正された内容も自然なものである。
また,P10は,9月9日の被害後,犯人から口止めされたこと及び自分もP7の誘いに簡単についていったことが恥ずかしいことから親や警察に話すつもりはなかったが,だれかに優しくしてもらいたくて,当時交際のあったP15(以下「P15」という。)にメールか電話で,駅から男の人に連れ出されて公園でやられたという話をしたが,P15から冷たくあしらわれて失望し,だれか優しくしてくれる男の人が欲しいと思ってP11との交際を求めるようになった旨供述しているところ,このような経緯及び上記のとおりP10が母親に対する弁解に1週間前の被害事実を持ち出したことなどは,母親が娘であるP10が男性と交際することにつき厳しい態度を取り,叱責などしていたことなどの当時のP10と母親との関係から十分理解できるところである。上記のうち,P10が,平成13年9月12日,P15に電話やメールで,バスケットボールのd大会の帰りにa駅で降りたら大勢に襲われた旨泣きながら訴えたことは,P15の原審証言を始めとする関係証拠により裏付けられている(所論は,P15の原審証言及び同証言と合致するP16の原審証言はいずれも信用できないとしてるる主張するが,検討してみても採用できるものはなく,両証言を信用できるとした原判断に誤りはない。)。また,P10の携帯電話の通話明細(甲124)によれば,同月9日午後8時24分ころのメールを最後に翌10日午前零時28分ころのメールまでの間,P10はP15にメールを送信していないが,その前後にP10が極めて頻繁にP15にメールを送り,しかも,立て続けに送信する傾向も認められることにもかんがみると,上記事実もまた,この間に被害を受けた旨のP10供述に沿うものといえる。
以下,所論に即して,P10の変更後の供述の信用性について,更に検討を加える。
(1)所論は,P10の被害時間帯に関する変更後の供述は,それ自体が矛盾に満ちており,具体性を著しく欠き,不合理極まりない旨主張する。
検討するに,被害前後の時間の経過に関するP10の原審第3回公判証言,すなわち変更後の供述は,a駅に着いたのは,大体午後7時半ころから午後8時近くの電車だったと思う,歩いて帰ろうかどうしようか迷っていたので,広い明るい方に出て帰ろうと思い,西口に出た,階段を降りていったら,iストアー(駅舎内の店舗)のところでP7に会った,gまで歩いていくのに大体二,三〇分かかったと思う,本件公園の噴水近くのベンチでP7から話しかけられるなどしていた時間は,30分くらい続いた,被害に遭っていた時間は,一人長くて5分くらい,短くて二,三分くらいで,合計すると大体40分くらいだと思う,hまで逃げて,そこに二,三分くらいいて,だれも追いかけてこないか確認してから家に帰った,公園を出てから家に帰るまでに,大体20分から30分くらいはかかったと思う,帰宅した時間は大体午後11時前くらいだったと思うというものであるが,いずれも大体の時間感覚を述べているものであり,P10の上記供述が直ちに矛盾に満ちているとか,不合理であるとはいえない。所論は採用できない。
なお,「平成13年9月9日午後9時30分前後ころ」という原判示の犯行時間は,上記P10供述を踏まえた相当の幅をもったものと解されるから,原判決の認定に誤りがあるとはいえない。
(2)所論は,P10の犯人特定供述は,一貫しておらず,具体性を欠き,信用できない旨主張する。
検討するに,P10の平成13年9月21日付け警察官調書抄本(甲107)には,犯人の年齢,身長,体格,顔の特徴や服装について,ある程度具体的な供述が録取されているが,原審第3回公判証言時に,集会場みたいな神社のところから男の人が4人出て来たときに,中学同級生で,1年生のときには同じクラスだったP12のような顔が見えた,ほかの人がだれかは分からなかった,P7は駅から連れ出した人だし,駅の明るいところではっきりと顔を見ていたので言えたが,P12は,はっきりと目の前で見たわけではなく,P12かなというあやふやな気持ちだったので言えなかった,中学のときにP12のことが好きで,高校生になってからも少し気になっているものがあったし,信じられなかったので言わなかった,gのところでは,ほかの人には興味がなかったのではっきり顔も見ていない,c中学先輩の被告人P1及び被告人P4がいたかどうかも分からなかった旨供述している。P10が本件公園内のベンチでP7らに話しかけられるなどしていたころまで,その関心はもっぱらP7及びP8に向けられていたというのであり,その後P7に手首をつかまれて連れていかれた終日亭北側は,午後9時ころ本件公園内の街灯が一部消灯された状態では,芝上の照度が0.01ルクスと暗く,被害時に犯人の顔の特徴を十分把握できる状況にはなかったことからすれば,P10が,P7及びP8以外の犯人について,P12らしき男がいたことに気付いた以外には,全く特定できないとしても格別不自然とはいえず,その供述の信用性に影響を及ぼすものではない。所論は採用できない。
(3)所論は,P10の変更後の供述にも数々の虚偽が含まれており,具体性,一貫性があるとはいえない旨主張する。
まず,P10は,原審第2回公判証言時,被害当時は生理中で,生理用のショーツとガードルをはいており,犯人がP10のズボンを下ろしたときに生理用のナプキンの端が見えたのだと思う旨供述していたが,第3回公判証言時に,平成13年9月9日はまだ生理ではなかったが,下り物がひどく,ナプキンを当てていた旨供述を変更しているところ,所論は,そもそもP10は同月16日は生理ではなく,生理用ナプキンも着用しておらず,同月9日に生理用ナプキンを着用していたというP10の変更後の供述にも信用性がない旨主張する。P10の変更後の供述は,9月16日は生理だったが,生理の終わりかけていたころであったというものであるところ,P11は,原審証言において,同日夜P10と性交した際,P10が生理中であった記憶はない旨供述しているが,生理の終わりかけていたころであったとするP10の変更後の供述と直ちに矛盾するものとはいえない。また,9月9日はまだ生理ではなかったが,下り物がひどく,ナプキンを当てていたとの供述も不自然なものとはいえず,これらの供述に信用性がないとはいえない。
次に,P10は,原審第3回公判証言において,平成13年9月9日に被害に遭ったことは,信仰している宗教の神社で太鼓をたたいたりする大事な行事があり,それを休んで部活に行ってしまいそのことで罰が当たったと思ったことでよく覚えている旨供述している。所論は,同供述は全くの虚偽である旨主張するところ,P10の母親は,原審において,P10がいう宗教上の行事(箱根大天狗山神社の大護摩)は,同月9日から16日に変更になったと証言したが,直ちに,忘れて分からないとも証言しており,結局,変更されたかどうか明確でない。P10は,原審第3回公判証言において,同月8日夜,太鼓の練習をしているところに行き,P17という人に休むと言ったら,必ず出なければいけないと前から言っているのに,なぜ部活の方を優先するのかと言われて怒られたりしてけんかをして,同月9日部活の方に行った旨具体的に供述しており,同月9日に大護摩が予定されていたことを前提とするP10供述の信用性に特に問題はない(そもそも,P10の変更後の供述は,被害に遭った日は,9月16日ではなく,1週間前の日曜日であったというものであり,上記の点は,9月9日であることを裏付けるエピソードとして述べられているにすぎない。)。
所論は採用できない。
(4)所論は,犯行現場及びこれに近接した場所における降雨に関して,さしたる言及のないP10の変更後の供述には全く信用性がなく,P10は,平成13年9月9日の犯行日時ころに,a市周辺の野外に存在していなかったのではないかとの合理的疑いを抱かざるを得ない旨主張する。
検討するに,まず,被害当日の天候に関連するP10の原審第3回公判証言は,天気のことは余りはっきり覚えていない,風は吹いていたような記憶がある(さらに,翌日の10日に台風が来たという記憶があるとしている。),当日は折り畳みの傘をカバンに入れていたが,さしたような記憶はない,本件公園内のベンチで座ってるときに噴水の霧だか雨の霧だか分からないけれども霧のようなものが顔にかかってきたような覚えがある,家に帰るときも,たまにポツポツというような雨が顔にかかったりした,被害後,衣服が汚れていたような記憶はあるが,ぬれていたような記憶はないというものである(なお,原審第2回公判においては,P10は雨のことに関して言及していない。)。
関係証拠によれば,平成13年9月9日a市内では,a駅設置の雨量計で,午後7時までの1時間に1mm,午後8時までの1時間に3mm,午後9時までの1時間に2mmの降水量が(当審弁4。なお,雨量計メーカーの仕様による誤差は±0.5mmである。),本件公園の南方約550mにあるa地域気象観測所で,午後8時までの1時間に3mm,午後9時までの1時間に1mm,午後10時までの1時間に3mmの降水量が,それぞれ観測されている(甲109ないし111,原審弁91)。そして,鑑定人P18(以下「P18」という。)は,レーダーアメダス解析雨量から,本件公園における同日午後9時から午後10時までの降水量の推定値を,当初2mmとしていたが(原審弁91),平成17年4月8日付け気象鑑定書補足資料(原審弁111)で誤差を含めて1ないし3mm程度と訂正し,原審第32回公判証言において,本件公園周辺で雨量の観測値があること,レーダー画像である程度広がりのある雨域をとらえているということから,本件公園だけ雨が全く降らなかったというのはあり得ず,確率論的になるかもしれないが,少なくとも30分を超えるやみ間はなかった旨供述する。しかしながら,静岡気象台次長P19は,原審証言において,雨量計で1時間1mmの雨量が観測された場所でも,その時間内の雨の降り方ややみ間等を表しておらず,更にレーダーアメダス解析雨量には数mmの誤差があることを踏まえると,弱いながら雨が降り続いていたと科学的に言い切ることはできない旨供述しているところ,本件公園の南東約1250mのa市j町広域行政組合消防本部記録の気象状況表によれば,平成13年9月9日午後8時20分から午後9時40分までの1時間20分は,雨量0mmとなっていること(甲108),本件公園から東北東約700mのa市役所農業研修センターに設置された長期自記雨量日照計自記器によれば,同日午後9時台と午後10時台に観測された雨量は約0.0mmであること(甲158)にもかんがみると,上記P18原審証言のように断定することはできない。なお,9月9日は,台風が近づいてきているという状況であったが,台風の周りを取り巻く外側の雲が驟雨性の雨をもたらすことが多いことも認められる(P18の原審第32回公判証言)。
また,同日午後9時25分ころ,本件公園付近のa市○○××―×で発生した,車両どうしの物損事故に係る交通事故証明書(原審弁64)に「天候雨」の記載があり,事故当事者P20の父P21は,原審証言において,上記事故後間もなく事故現場に赴いた際,雨がしとしと降っており,息子らは飲食店のひさしの下で雨宿りをしており,その後a警察署に行ったときも雨は変わらずしとしと降っていたと供述するが,一方で,傘を持たずに事故現場に行き,a警察署の駐車場で見分したときも傘をささず,警察官も傘をさしていなかったとも供述する。ところで,もう一方の事故当事者であるP22は,原審証言において,事故後車を降りたときには,雨はぽつぽつ程度で傘をさすほどではなく,その後a警察署に行ったときには雨は上がっていたように思う旨供述しているところ,上記P21証人の証言内容自体及び同人が証言するに至った経緯にかんがみると,同証言の信用性は薄いといわざるを得ず,自然な内容の上記P22証言を採用することができる(なお,上記P22は,a付近の天候の特徴につき,山の天気であり,晴れていたと思えば,もう小雨や霧であったりという状況であることをも証言している。)。
以上の証拠関係に照らせば,上記P10証言が降雨及び被害現場の芝生がぬれていたかなどについて上記程度しか言及していないことも不自然なものとはいえない。
所論は採用できない。
(5)所論は,P10は,変更後の供述でも,終日亭にはロープが張ってあった旨供述しているが,これは,屋根のある終日亭ではなく,その横のぬれた芝生で強姦されそうになったというのは極めて不自然・不合理であるため,そのように供述せざるを得なかったものである,しかし,平成13年9月9日には,終日亭にロープは張られておらず,P10の供述は客観的事実と整合しない虚偽の供述であり,信用性は全くない旨主張する。
しかしながら,まず,同日の気象状況は上記(4)で検討したとおりであり,犯行当時,その現場において間断なく雨が降り続くという状況であったとは認められず,犯行当日は,季節としては夏であったこと,P7らはベンチで30分くらいはP10に話しかけるなどしており,リーダー格らしい男がしびれを切らせたように「やっちまおうぜ」と声をかけたのをきっかけに,P7がP10の手首をつかんで連れていったという経緯,その時間帯などに照らせば,終日亭北側の芝生でP10を押し倒し,その場で犯行に及んだことも自然なものである(なお,同所は,生け垣に囲まれた場所で,周囲から見通すことはできない[甲11同意部分]。)。
P10の平成13年9月21日付け警察官調書抄本(甲107)には,P7に右手首をつかまれ,後ろを9人の男に囲まれて,本件公園内の「池の近くの工事中の小屋の方に連れていかれた」旨の供述記載があり,被害日時につき供述を変更した後の平成14年8月16日付け警察官調書(当審検24)にも,本件公園内の「池の近くのロープが張ってある小屋の方に連れていかれた」旨の同旨の記載があるところ,当審で取り調べた証拠によれば,終日亭にロープが張られたのは平成13年9月14日であったと認められる(当審弁26)。しかし,先に述べたとおり被害現場付近は暗く,P10が被害時に終日亭の状況を正確に認識していたとは考え難く,P10を立会人として同月21日に行われた実況見分時,終日亭の四方の柱にロープが張られていたこと(甲11同意部分)などにもかんがみると,実況見分時に認識したことを取り込んで当初の供述調書が作成され,再捜査時においても,そのまま従前の供述を流用したことによるものと解されるから,P10の変更後の供述の一部に客観的事実と整合しない部分があるからといって,直ちにその供述全体の信用性に影響を及ぼすものとはいえない。
その他,所論がるる主張するところを検討してみても,採用できるものはなく,P10の変更後の供述の信用性は揺るがない。
2 共犯少年らの自白の信用性等について
(1)P7供述
P7の供述の概要とその変遷状況は,おおむね原判決が(補足説明)4項(1)イないしオで説示するとおりであるが,P7は,本件関係者の中で最も早く平成13年11月26日に逮捕され,当初は否認していたものの,三,四日で自白し,同年12月6日付け供述書(甲29添付)で共犯者全員の名前を挙げ,同日付け(甲132)及び同月13日付け(甲28)で簡潔に事実関係を認める検察官調書が作成され,平成14年1月7日の審判時にも,P10に交際を断られたから本件を起こしたのではないが,交際を断られたのは事実であり,もし了解してくれるなら了解の上で姦淫しようと思っていた,P10が生理中だということは知らなかったとしつつも,その余の事実は間違いない旨陳述し,警察や検察庁で作成された調書には,自分が述べたことが記載され,その内容に間違いはない旨も供述して(甲30),中等少年院送致決定を受けた。
ところで,当審で供述経過を立証趣旨として取り調べたP7の〔1〕平成13年12月10日付け警察官調書謄本(当審検4)には,本件犯行に至る経緯として,P7がP8に電話をかけたところ,P12,P13,P9及びP14らとカラオケ「k」(以下「k」という。)で遊んでいることが分かったので,P8に迎えに来てもらい,kの駐車場で合流して話をしているとき,被告人P1から,P7か他のだれかの携帯電話に連絡があり,女を用意しろと命じられた,その場にいた上記5人と相談しているうち,だれかからP10の名前が出て,P8と二人でP10を連れにいくことになった,P10は夜8時ころの電車に乗ってくるというようなことをだれかが言っていたので,暇つぶしにP8と駅近くにあるlというパチンコ屋(以下「l」という。)に入り,午後8時よりも少し前にa駅に行った旨の供述記載があるが,P7の携帯電話の通話記録(甲140)によれば,同年9月9日,同月16日の両日とも,P7からP8への通話がなされた形跡はない(なお,同月15日午後5時20分ころ,P7からP8への29秒余の通話がある。)。また,やはり供述経過を立証趣旨として当審で取り調べたP7の〔2〕同年12月11日付け警察官調書謄本(当審検7)には,P7とP8が,a駅○○の階段の前辺りで待っていると,P10が一人で階段を降りてくるのが分かった,P7がP10に声をかけ、ちょっと一緒に来てと誘ったが,P10は,用があるだか,帰らなきゃなどといろいろ言ったので,家に電話をかけさせた旨の,P10の変更前の供述に沿う供述記載がある。もっとも,〔2〕の警察官調書謄本に添付された「P10さんを公園に連れて行った時の道順」と題するP7作成の同月4日付け図面は,駅前の通りを直進して旧×××号線に出るという,P10の変更後の供述と一致する内容のもので(P10は,同年9月21日付け警察官調書抄本[甲107]では,a駅を出て西に向かい,m劇場横の飲み屋さんなどが集まる細い路地を通り,旧×××号線に出た旨供述していたが,平成14年8月17日付け警察官調書
[当審検26]で,実際はm劇場の道を真っすぐ歩いている旨供述を変更し,P7が怖くてついていったことを強調したくて,人通りのないm劇場の横の飲み屋さんが集まっている道を通ったように話してしまったなどと説明している。),このことは,P7が自己の少年審判時に述べていたとおり,P7の供述調書が,単に捜査官の誘導にのみ従って作成されたものではないことを示すものである。
そして,P7は,〔3〕平成14年3月27日付け検察官調書(甲133),〔4〕被告人らに対する少年審判における証言(P7はn少年院に収容中であったが,同月29日東京家庭裁判所で証人尋問が実施された。甲31)及び〔5〕同年4月6日付け検察官調書(甲134)では,今回の事件で覚えている最初の出来事は,夜「○○○」という店の近くの路上で,P8と二人でP10と思っている女性を連れて歩いている場面で,連れて歩いている女性がP10だと思っていたことは確実だが,本当にこれがP10本人かどうかは分からない,それ以前の行動で覚えているようなことはなく,事件前kにいたとか,パチンコ屋にいたとか話したが,今考えると間違いだと思う,先輩から自分か仲間の携帯電話に電話があり,やれる女いないか,という指示があって連れてきたということしか覚えていない(ただし,〔5〕の検察官調書では,被告人P1か同P2のどちらかから,自分かP8の携帯電話に指示があった旨供述している。)などと,あいまいな内容に供述を後退させつつも,事件があった日付が9月16日かということははっきりしない(〔3〕,〔5〕),gに連れていくとき,無理やりという気持ちはなく,P10の手を引っ張っていない(〔4〕),P10に家に電話しろと指示していない(〔4〕)旨,P10の変更後の供述に沿う供述もし,かつ,P7とP8とP10がgに近づいていくと,その駐車場から被告人4名が,神社からP13,P12,P9及びP14が出てきて,全員で本件公園に向かったこと,本件公園のベンチで,P10に対し「付き合ってくれ。」などと言ったこと,その後,P10が芝生の上で仰向けに倒され,被告人P2がその腹の上に馬乗りになり,P10の胸をもんでいたこと,P7もP10の胸をもんだこと(他の仲間たちも同じようなことをしていたが,だれがやってだれがやっていないということは正確に説明できないとしている。)を供述し(〔3〕。〔4〕,〔5〕もほぼ同旨),共犯者の名前を出した経緯についても,警察官から,gで何人かが合流したという話を聞いたことから,事件の流れについて一気に記憶が戻り,自分なりに覚えていた事件のことを警察官に説明したもので,共犯者の名前についても,全員の名前を言い終わったときには,この9人に間違いないと思ったなどと供述している(〔3〕)。なお,平成13年9月9日の通話記録(本件共犯者中,同月分の通話明細の差押えが可能であったのは,P7,P12,P9,P14及び被告人P3の5名であり,他の被告人3名並びにP8及びP13の携帯電話の通話記録は残されておらず差押えができなかった[当審検17]。)によれば,午後4時34分ころP14からP7に,午後5時50分ころP9からP7に,それぞれ電話をかけ,各30秒余り通話し(甲127,128),P7から,午後6時3分ころP12に電話をかけて40秒余り通話しており(甲140。P12とは,同日昼の12時26分ころからも2分30秒余り通話している。),P9は,午後6時50分ころP12に電話をかけて1分余り通話し(甲127),P12は,午後8時54分ころP13に電話をかけて14秒余り通話している(甲126)。
P7は,平成14年10月7日の原審期日外尋問(原審第3回公判期日後になる。)における証言(以下「原審期日外証言」という。)以降本件への関与を一切否定し,原判決後,P13を被告人とする強姦未遂被告事件の公判(静岡地方裁判所沼津支部平成17年(わ)第542号。以下「P13公判」という。)に証人として出廷した際には,平成13年11月28日ころ自白した理由について,取調べをしたP23警察官(以下「P23警察官」という。)から,「相手に話を合わせて認めれば1年で社会に戻れるというのと,逆に否認して,証拠もないおまえだったら,刑事裁判まで行って三,四年は入ることになるって言われたときに,どっちを選ぶって言われて,その選択肢で三,四年を選ぶというようなことはないと思いますし,普通に,1年で出られることを選びました。」,「警察の口から,もう全員捕まっているんだよ,吐いてねえのはおまえだけなんだからさっさとしろ,と言われました。」,「P9なんかはもう,あいつは頭がいいからぺらぺらもうしゃべっているぞって言っていました。」などと極めて具体的に供述しているが(当審弁34),原審期日外証言では,いい加減にしろよとか,おまえがしらばっくれていたって仕方がないことなんだとか,そういう感じの言葉は言われていた,否認しているよりは認めたほうがいいぞという感じのことを言われて,自分の推測で1年ぐらい少年院に入って済むならいいと思った旨供述していたもので,上記〔3〕,〔5〕の各検察官調書(甲133,134)における供述記載については,記憶にあることを話しているが,P10の事件だけで話しているつもりではなかったとし,自分で考えたあいまいな記憶で,そういう記憶もあったなとか,あったからそれに間違いないと,一時期自分も思った,事件を起こしたと思ったが,それからいろいろなことが耳に入ってきて,自分もやっていないという考えになったなどと供述していたことにも照らすと,P13公判における上記供述は到底措信できず,誇張した供述といわざるを得ない。P7の〔6〕平成14年4月17日付け検察官調書(甲29)には,仮に目の前に先輩たちがいる所で話すように言われても,後で自分自身が告げ口したなどと仕返しされたり,あるいは家族が同じように嫌がらせを受けたりすることが怖いので,正直にお話しすることができないと思う,先輩たちには暴走族や暴力団の知合いの人もいるようだし,特に被告人P4は自分自身が暴走族の構成員なので,恨みを買うとその仲間たちに何をされるか分からないという恐怖がある旨の供述記載があり,P7は,原審期日外証言でも,検察官に上記のとおり供述したことを認める供述をしていることにも照らすと,P7は,先輩である被告人ら,あるいは被告人らとつながりがあるという暴走族や暴力団関係者から仕返しをされたり,家族が嫌がらせを受けたりすることを恐れて,徐々に供述を後退させ,最終的に被告人らの面前で行われた原審期日外証言で否認するに至ったものと解するほかない。
これと対比して,P7の自白供述(甲28ないし31,甲132ないし134)の信用性は高いというべきである。すなわち,P7を含め10人の者で本件犯行を実行したことのほか,経緯については,被告人P1か同P2のどちらかから,P7かP8の携帯電話に指示があったとする点(もっとも,この点は,後記の証拠をも加えると,被告人P1からP7に対し指示があったものと認めるのが相当である。)などは採用でき,犯行日については,9月16日と特定するところは採用できず(むしろ,〔3〕の検察官調書からは,P7は,平成14年3月27日当時,既に犯行日が捜査官がいう9月16日ではないことに気付いていたことがうかがわれる。),ひいては,kやlにかかわる部分も直ちには採用できない。
所論は,P7供述は,先輩から携帯電話で女を用意しろと指示があった部分について,どの先輩がだれの携帯電話に,どのような方法で連絡をしたのかという核心部分につき著しい変遷をしており,不自然不合理である旨主張するが,この点は,P7が,被告人らによる報復を恐れるなどして,上記のとおり不自然に供述を後退させた結果とみるべきものであるから,所論は採用できない。
所論は,また,本件はP10の虚偽の訴え及びこれを過信した捜査機関の誘導によって作られた事件であり,共犯者についても取調官の誘導により特定された旨主張するが,P10の変更後の供述が,平成13年9月9日夜,P7を含む10名の犯人によって原判示の強姦未遂の被害を受けたとする点において十分信用できるものであることは先に検討したとおりであり,この点に関する所論は到底採用できない上,上記〔3〕ないし〔6〕の供述調書等によれば,P7が自己の記憶に基づき被告人4名を含む共犯者9名を特定したことは優に認められ,最初被告人ら先輩グループの名前を出さず,特に被告人P4の名前を言うのが最後になったのは,被告人ら先輩に対する配慮があったためとみるべきである。
その他,所論がP7の自白には極めて不自然不合理な点が多い旨るる主張する点を検討してみても採用できるものはない。
所論は,P7には,平成13年9月9日夜,友だちのP24(以下「P24」という。)の家にいたというアリバイが成立する旨主張するので,検討する。
同日の行動に関するP7の原審期日外証言は,朝からP24の家にいた,多分P8,「P25」,「P26」及び「P27」もいたと思う,マージャンをしたり,途中スロットをやりに行ったりし,夜はまたマージャンをして,午後9時か10時に家に帰った,P24の家の2階で3人マージャンをやっているときに,サッカーを一緒にやっている大人の人が上がってきて,変わったマージャンをやってるなと言われた,その日P24の父親が作ったカレーを食べた,誕生日の1日前で,次の日は自分の誕生日だという話をしたからよく覚えているなどというものである。
所論は,P7の上記供述は,被告人らと利害関係のないP24,P24の父P28(以下「P24」という。),P29(以下「P29」という。)・○子夫妻及びP30の各原審証言により裏付けられている旨主張するが,これら5名の各原審証言は,あるいは確実な内容とはいえず,あるいはあいまいなもので(P30の証言では,P7やP8がP24の家にいたかは分からないというものである。),P7供述との食い違いもみられるなど,いずれも到底そのまま措信することはできない。そのような証言を集積してみても,アリバイを主張するP7の上記供述を裏付けるものとはいえず,確たる裏付けのないP7の上記供述は到底信用するに値しないものというべきであり,これと同旨の理由によりP7のアリバイ主張を排斥した原判断は正当である。所論は採用できない。
以上によれば,P7の自白供述のうち,犯行状況及び共犯者につき供述する部分並びに先輩から女を用意しろと指示があった以降の経緯などにつき供述する部分などは信用でき,これと同旨の原判断に誤りはない。
(2)P8供述
P8の供述の概要とその変遷状況は,おおむね原判決が(補足説明)4項(2)イで説示するとおりであるが,当審で供述経過を立証趣旨として取り調べた供述調書類をも参酌するに,平成13年12月3日に本件で逮捕された直後の弁解録取時から,自分が本件犯行に加わり,P7の同級生だったP10に対し,乳房をもむなどの行為をしたことを認め(当審検43),その後,P7以外の共犯者について,同い年以下のP14,P9及びP13の名前のみならず先輩の被告人P2の名前を自分から出し,他の被告人3名についても,写真(被告人P1は単独写真,被告人P3と同P4は卒業アルバムの集合写真)を見せられると,同被告人らが本件犯行に加わっている旨供述し(以上の経過については,甲129及び原審期日外証言による。),同月14日付け(甲39)及び同月19日付け(甲40)で簡潔に事実関係を認める検察官調書が作成され,平成14年1月11日の審判でも事実を認め,中等少年院送致(一般短期)の決定を受けた(甲43)。
P8は,被告人らに対する少年審判における証言(同年3月20日収容先のo学園で実施)において,当初,警察官,検察官,裁判官の前で話したことは基本的には間違いないとして,捜査段階と同旨の供述をし,自分が覚えていることを言って,間違ってしまった場合に先輩たち(被告人ら)の処分が重くなったら社会に出てから仕返しされるのが怖いなどとも供述していたが,付添人(原・当審弁護人でもある沼澤龍起弁護士)からの質問の最後に,唐突に今回の事件はやった記憶がない旨述べ(当審弁24),同年4月7日付け検察官調書(当審検47)にも同旨の否認供述が録取されている。同月10日,11日及び17日の検察官調べでは,被告人らに付いている弁護士がP8の証言内容を被告人らに言うと思い,少年院を出た後被告人ら先輩から暴力を振るわれるのではないかと恐ろしくなり,弁護士の尋問のとき突然うその証言をしてしまったとして(甲130,131),再び捜査段階と同旨の自白供述に戻ったが(甲41,42),同年6月3日の原審期日外証言及び原審第16回公判期日証言において,本件犯行への関与を否認している。
所論は,P8が供述する虚偽の自白をしてしまった理由や否認へと供述を変遷させた理由は説得的である旨主張する。検討するに,P8は,被告人らに対する少年審判時の証言や原審期日外証言において,〔1〕最初に警察官から正直に言わなかったら重い処分にすると言われ,やったと決めつけるような言い方をされたことから事実を認め(更に当審検47),〔2〕少年鑑別所に入るのが初めてだったので,少年院に行くことはないと勝手に判断し,検察官や裁判官にも事実は違うとは言わなかった,〔3〕被告人らに対する少年審判時の証言で突然否認したのは,ここでやっていないと言えば,すぐに社会に戻れるのではないかと思ったからなどと供述するものの,〔1〕,〔2〕については,中等少年院送致決定を受けても,事件のことは関係なく更生したいと思っていたので,だれにも相談せず,不服申立てもしなかったとも供述していることなどに照らして(当審弁24),その信用性は薄く,〔3〕は,P8が,「そのときは先輩たちと・・・離れたくないというか,きらわれたくない気持ちとかあって・・・。」,「多分そのとき・・・怖い・・・はい,怖いというのもそのときありました。」などとも供述していることにもかんがみると(なお,P8は,被告人らと暴走族や暴力団との関係についても供述している。),P8は,被告人ら自身あるいは被告人らとつながりのある暴走族や暴力団関係者からの報復を恐れて自白を翻し,否認に転じたものと認められ,これと同旨の理由により,P8の否認供述は到底信用できないとした原判断は正当である。所論は採用できない。
P8は,上記のとおり被告人らを非常に恐れているにもかかわらず,警察官から具体的に名前を出されて追及されたわけでもないのに,P14,P9及びP13のみならず被告人P2の名前も自分から出し,写真を見せられたにしても,被告人P1,同P3及び同P4を共犯者と認める供述をしていることなどにも照らすと,P8の自白供述中,被告人4名を含む共犯者についての供述や犯行状況(犯行に至る経緯を含む。)に関する供述,すなわち,P7に先輩から電話があり,P7が先輩から女を用意しろと言われたと言っていたこと,本件公園では,被告人P1が,もういいら,やっちゃおうなどと声をかけ,P8らがP10を囲むようにして連れていき,P10を押し倒して仰向けにした,一番最初にP10にいたずらをしたのは被告人P1であったと思う,被告人P1が生理であると言ったことは印象深く覚えている,被告人4名の具体的な行為は見ていないが,代わっていたずらをしていたので,4人ともP10にいたずらをしたと思うなどとする部分の信用性は高い(甲41)。
もっとも,P8の検察官調書(甲41)には,本件犯行に至る経緯として,kで遊んでいるときにP7から電話がかかってきてP7を迎えにいき,その後,lでパチンコをして店の駐車場で騒いでいたところ,店の人に注意されそうになったので逃げて,a駅○○のq(以下「q」という。)に立ち寄り,駅に向かった旨の供述記載があるところ(当審で供述経過を立証趣旨として取り調べたP8の平成13年12月11日付け[当審検45]及び同月13日付け[当審検10]各警察官調書謄本にも同旨の供述記載がある。),P8の原審期日外証言及びP7の携帯電話の通話記録などによれば,上記一連の経過は同年9月15日の出来事ではなかったかとうかがわれるが,P8のP13公判における証言によれば,警察官から事件があった日の昼間は何をしていたと聞かれたP8が,同月半ばにkに行ったことを思い出したので,その旨供述していたというのである(当審弁36)。k及びlにかかわる供述はにわかに採用できないが,P8の自白中,経緯部分などに他の日の出来事との混同が含まれているとしても,その全部について直ちに信用性が否定されるものではない。
所論は,P8の自白内容に変遷があり,P10の変更後の供述やP7ら共犯者の自白供述とも整合しない旨るる主張するが,いずれも本件犯行に至る経緯等に係る部分であり,P8の自白の根幹部分の信用性に影響を及ぼすものではない。
さらに,所論は,P8は,平成13年9月9日夜,P24の家でP7らと一緒にマージャンをしており,アリバイが成立する旨主張する。
検討するに,P8は,平成15年12月25日の原審第16回公判証言において,平成13年の夏休みより後に,P24の家でマージャンをしていたとき(P8は,マージャンをするときは必ずP7が一緒だったとも供述している。),男の人が2階に上がってきて,P24と話をしていた,同じ日にご飯に呼ばれて1階に降りていったとき,P24からその男の人を「P29先生」と紹介され,今度P29先生の家の引っ越しの手伝いをしてくれと頼まれた,P29先生と会った日にカレーを食べた記憶があるなど供述するが,それが同年9月9日の出来事であったことを裏付ける確たる証拠はなく,P8の上記供述の信用性は薄い。所論は,P8の上記供述はP7のアリバイに関する供述と整合しているなどとして,P8の供述している日にちが平成13年9月9日であることは明白である旨主張するが,P24,P29らの各原審証言が何らP7のアリバイ供述を裏付けるものではなく,P7のアリバイ供述が信用するに値しないものであることは既に述べたとおりである。
これと同旨の理由によりP8のアリバイ主張を排斥した原判断は正当であり,所論は採用できない。
以上によれば,P8の自白供述(甲39ないし43,甲129ないし131)のうち,犯行日を平成13年9月16日とする点は採用できず,犯行に至るまでの経緯についても採用できない部分があるが,共犯者を特定し,犯行状況を供述する部分及びP7と共にP10を連れにいったなどの経緯につき供述する部分などは,信用することができる。これと同旨をいう原判断に誤りはない。
(3)P9供述
P9の供述の概要とその変遷状況は,おおむね原判決が(補足説明)4項(3)イで説示するとおりであるが,当審で供述経過を立証趣旨として取り調べた供述調書類をも参酌するに,P9は,平成14年1月10日に逮捕され,直後の弁解録取時に事実を認め(当審検48),同日付け警察官調書(当審検50)では,逮捕事実について覚えがない旨述べて否認したものの,翌11日の検察官による弁解録取時には再び事実を認め,一緒に事件を起こしたのは,P7,P8,P12,P13,P14のほか,名前の知らない4人の先輩がいた旨供述し(甲49),同月12日付け警察官調書(当審検51)では被告人4名全員の名前を挙げ,さらに,犯行後,P10とセックスをするつもりで,P12と二人でP10の後をつけたが,途中で面倒になり追うのをやめた旨も供述している。同年2月19日の審判では,事実を認め,反省とP10に対する謝罪の気持ちを述べ(逮捕されたときは,事件のことが発覚したら将来自分が就きたいと思っている職業に就くことができなくなるとか,親を悲しませたくないとか,処分のことが心配といった自分のことしか考えられなかったので,事件のことを認めようとしなかったとも供述している。),中等少年院送致(一般短期)の決定を受けた(甲53)。P9は,同年4月以降の検察官による取調べでも一貫して自白を維持し(甲50,52,136),同年6月19日の原審期日外証言でも(被告人4名が立ち会い,証人と被告人らとの間に衝立が設置されて実施された。),被告人4名を含む9人の共犯者と共謀の上,P10に対し本件強姦未遂の犯行を行ったことを認める供述をした。
P9は,平成15年12月25日の原審第16回公判証言で本件犯行への関与を否認し,逮捕当日,警察官が信用してくれなくて,おまえはうそつきだ,うそのことを言っていると懲役になるなどと言われ,P23警察官にほおを平手で1回殴られて認めた旨供述するが,その後,P9の取調官である警察官P31(以下「P31警察官」という。)に否認の供述調書(当審検50)を作ってもらったというのに,翌日の検察官による弁解録取以降原審期日外証言に至るまで事実を認めていた理由として述べるところは,検察官や裁判官に言っても信じてくれないと思ったし,だれかに言われたわけではないが,認めた方が早く出られると思ったから認めていた(P13公判における証言では,自分で考えて,悪くて少年鑑別所送致までで出られると思っていた旨も供述している[当審弁37]。),少年院送致決定を受けても,少年院の係官を含めてだれも信用してくれないなと思っていたので,やっていないことで少年院に送られてもしようがないと思った,原審期日外証言でも,検察官が少年院にもいいように言ってくれるのかなと思い,検察官や刑事を喜ばすようなことを言っていたなどという,甚だ不自然なものであり,P9が,平成14年7月16日r学園を仮退院し,a市内の自宅に戻った後,被告人4名だけでなく,友だちであるP7,P12,P13,P8及びP14も否認していることを知り,同人らに合わせて供述を変更したものとうかがわれるP9の否認供述は到底信用することができない。
所論は,P9の原審期日外証言について,一貫しておらず,抽象的にすぎ,信用性は極めて乏しい旨主張する。しかしながら,P9はP10とは面識がなく本件犯行時に1回会っただけであることなどから,P10の人定も含めて細部について記憶が薄れている点はあるにしても,P7が先輩から電話で女を用意しろと言われたと言っていた,P10に決めたのは,P12がP10は援助交際をしていると言ったからである,gの駐車場には被告人4名がいて,その近くに自分,P12,P13及びP14がいて待っていた,そこにa駅へP10を連れにいっていたP7及びP8がP10を連れてきた,被告人P1の,もういい,やっちまえというような声を聞いてわくわくした,被告人P1に,「P9,押さえろ。」と言われてP10のどちらかの足を押さえ,P10がおとなしくなってからは5mくらい離れたところにいたが,被告人P1の背中の方から見て,顔がP10の胸の辺りに近づくのが見え,P10のズボンを足首の辺りまで脱がせるのが見えた,被告人P4は大きいので,馬乗りになっていた場面をよく覚えており,P10の胸の辺りに顔を近づけていた,P9は,P8の次に,P10の股の間に片方の足を入れ、もう片方の足をP10の体のどちらかの側に置いて,右手で胸をもんだ,前にP8がなめていたから胸をなめるようなことはしなかった,犯行後,P12と二人でP10を待ち,うまくいけばセックスできるかなと思いP10を追いかけたが,本件公園の出口辺りでやめ,P12は更に追いかけたなどと供述している部分は,自己の心情をも交えた相当に具体的なものであって,P9の被告人4名を含む共犯者についての供述,現場における犯行状況及びその後の状況に関する供述は,P10の変更後の供述や他の共犯少年らの自白供述に沿うものであり,その信用性は高い。
P9の原審期日外証言中には,捜査段階において,犯行日が平成13年9月16日であることを前提として,携帯電話の通話記録の説明をしたことなどから,それを引き継いで供述しているとうかがわれる部分が散見されるが(その多くは,所論が反対尋問で供述内容が不明確になるなど後退していると指摘している部分である。),そのことが直ちに,P9の自白供述の根幹部分の信用性を揺るがせるものではない。
なお,P9の携帯電話の通話記録(甲127)によれば,同月9日午後8時49分から16分46秒余りの通話が認められるが(通話先は不明である。P9はP13公判証言では,高校に行っていたときの友だちP32だと思う旨供述している[当審弁37]。),本件実行行為に着手する前の行動とみて,不自然ではない。
その他,所論がるる主張する点を検討してみても採用できるものはなく,P9の自白供述(期日外証人尋問調書,甲49,50,52,53,136)は,犯行日を平成13年9月16日とする点などを除き,その余の根幹部分は信用できるものであり,これと同旨の原判断に誤りはない。
(4)P12供述
P12の供述の概要とその変遷状況は,おおむね原判決が(補足説明)4項(4)イで説示するとおりであるが,当審で供述経過を立証趣旨として取り調べた供述調書類をも参酌するに,平成14年1月9日,強姦未遂容疑で逮捕された直後の弁解録取時から事実を認め,被告人P1から連絡が来たときに,P12も女とやりたいという気持ちがあった,P12も含めて10人でP10を強姦しようとしたが,P10が生理だったので既遂に至らなかった旨述べ(当審検57),同日付けで被告人4名を含む本件共犯者全員の氏名や犯行状況,犯行前後の状況について数通の供述書を作成し(原審弁112,113,当審検61各添付),同日付けの警察官調書謄本(当審検59)において,事件を起こした日が日曜日だったことは覚えているとした上で,c中学のときからP10は援助交際をしているといううわさを聞いていたこと,P10が夜8時ころの電車で帰ってくるのを見たことがあることから,自分が言い出して被害者としてP10を選んだことなどを供述した。P12は,同月10日の検察官による弁解録取(甲57),同年2月15日の審判でも事実を認め(付添人弁護士も同旨の意見を述べている。),審判の際,自分は先輩たちが裸にして芝生の上に押し倒し,仰向けにしたP10の両手を頭の上で抑える役割を受け持った,途中,先輩たちがP10の体に触ったり,キスしたりしているころからP10の様子からみても「ヤバイ」と思い始めたが,今更手を引けないと思ったのでやめられなかった,P10は中学生のころ同じ学年で顔も知っていたので少しかわいそうな気もしたが,自分の順番が来てやっているときは夢中で何も考えられなかったのでやめられなかったなどと自己の心情も交えて供述し(甲59),中等少年院送致(一般短期)の決定を受けた。
P12は,被告人らに対する少年審判における証言(同年3月20日収容先のo学園で実施)において,P7は,電話がかかってきた後,被告人P1が遊べる女を探しているからいないかなと言っていた,P10にしようと言ったのは自分であり,中学のとき,P10が援助交際をしているといううわさがあり軽い女というイメージがあったからである,gの駐車場で被告人4名と会った,被告人P1はP10の上に馬乗りになり,上半身の服を脱がせ,胸をもんだりして,P10のパンツに手を入れた後,こいつは生理だと言った,被告人P1が腕を押さえろと言ったので,腕を押さえた,被告人らは全員,P10にキスをしたり,胸をもんだりなめたりした,犯行後,P10が逃げていったので,僕とP9は追っかけた,gでP9はいなくなり,僕は一人でhまで行った,P10がhに入り,僕は外で待っていたが出て来ないので帰った,警察官にだれと一緒にやったんだと聞かれて,P7とP8の名前を出し,少ししてP9の名前を出した,その後,警察官におまえの家の近くにも共犯者がいると言われてP13の名前を出し,後輩もいると言われてP14の名前を出した,警察官に後は先輩だなと言われ,P7に電話をかけてきたのは被告人P1なので,被告人P1のことは絶対にばれていると思ったから,被告人P1の名前を自分から出した,被告人P2,同P3,同P4は,警察官から名前を出されてばれていると思い,言った旨供述し,被告人らの付添人からの反対尋問に対しても動揺はみられない(甲60。なお,P12の同月18日付け検察官調書[甲58]における供述内容もほぼ同旨のものである。)。その一方で,P12は,上記証言において,先輩たちに不利なことを言うのは怖いという気持ちがある旨も述べていたところ,証言後,家庭裁判所裁判官に,証人尋問のときの自分の発言を全部取消してほしい旨記載した手紙を出し,同年4月7日及び同月14日の検察官調べでは,自分は本件強姦未遂をやっていない,被告人らがやったかどうかは分からない,自分の勝手な想像で,事実を認めて反省した振りをしていれば,二,三か月で外に出られると思っていたので,刑事さんには,できるだけもっともらしい話を詳しくしてやった,少年院送致になったことは予想もしていなかったが,どうでもよくなった,上記証言時に被告人4名が否認していることを知り,被告人らに迷惑がかかって悪いと思い,自分はやっていないと言うことにした旨供述し(当審検65,66),同年12月3日の原審第5回公判証言でも,同様の供述をして本件犯行を行っていないと事実を否認している。
しかしながら,原判決も正当に指摘するとおり,P12が本件犯行を行っていないのに認めた理由として述べるものに首肯できるものはなく,上記供述経緯などにも照らすと,被告人4名が否認していることを知り,被告人らに対する恐怖心などから自白を翻し,虚偽の否認供述をするに至ったものと解される。
所論は,P12の供述調書は,完全に警察の誘導により,P12の意思にかかわることなく作成されたものであるから信用できない旨主張するが,P12は,逮捕当日からP10を対象の女に選んだのは自分が言い出したことからである旨具体的に供述しているのであって,この点は,P10供述にはもちろん表れておらず,P12が自ら供述したものである。なお,所論は,P12の上記供述は不自然である旨も主張するが,P12が,先輩である被告人P1から遊べる女を探せなどと命ぜられたP7の相談を受け,中学校の同級生だったP10が援助交際をしているとのうわさがあって軽い女というイメージがあったからその名前を出し,他に適当な相手も思い付かなかったことから,P7ら後輩グループがP10にねらいをつけて行動を起こしたとしても,格別不自然ではない。共犯者の特定状況をみても,P12は,警察官から何人でやった事件だと聞かれて自分で10人と答え,P7,P8,P9のみならず被告人P1の名前も自分から出しているなど,少なくともこの点については,警察官による誘導があったとは認められず,P12の供述書や警察官調書は,おおむねP12の記憶に基づき任意に供述するところに従い作成されたものと認められる。
確かに,供述経過を立証趣旨とするP12の警察官調書中には,〔1〕平成13年9月16日の携帯電話の通話状況に沿う供述部分(同日午後7時56分ころP14からP7への22秒間の通話が認められるところ[甲128],P12は,g駐車場で,被告人P1の質問に答えて,P7とP8がP10を連れにいっていると話した後,P14に指示してP7に確認の電話を入れさせた旨供述している[原審弁112]。)や〔2〕終日亭にロープが張られていた旨の供述部分があるが(当審弁21),これらが直ちに供述全体の信用性を揺るがせるものとはいえない。
また,被告人らに対する少年審判におけるP12証言中には,犯行当日の天気について,雨は降っていなかったと思う,確か晴れていたと思う旨の供述があるが,P10の供述及び先に検討した平成13年9月9日の気象状況に照らすと,特に問題となる点とは解されない。
所論は,また,P12の平成13年9月9日夕方以降の架電状況と本件犯行は両立せず,P12にはアリバイが成立する旨主張する。
検討するに,P12の携帯電話の通話記録(甲126)などによれば,P12は,同日〔1〕午後8時32分ころから午後8時40分ころまでの間に,同じ携帯電話にメールを4本送信し,〔2〕午後8時54分ころP13の携帯電話に電話をかけて14秒余り通話し,さらに,〔3〕午後10時32分ころから1分余りと〔4〕午後10時36分ころから3分27秒余り,それぞれ別の固定電話に電話をかけて通話している。所論は,P10の第3回公判証言から,強姦被害開始時刻を午後8時50分と断定し,上記〔2〕の通話と犯行は両立しない旨主張するが,前記のとおり,犯行時刻は午後9時30分前後ころ(もっとも,これは既に述べたとおり,幅のあるものである。)と認定できるのであるから,〔2〕の通話と本件犯行とは何ら矛盾しない(強姦未遂の実行行為開始前に,P12がP13に対し連絡を取ったものと解される。)。
また,P12の原審証言によれば,P12は当時アルバイト先を探していて,上記〔3〕はsa店に,〔4〕はta店に電話をかけたというのであり,その日の朝や昼に何をしていたかは覚えていないが,夜の10時半ころ家の自分の部屋から電話をかけたことだけは覚えている,電話をかける前はどこにいたか覚えていない,求人情報誌に載っていた電話番号を携帯電話に登録したかはよく覚えていないが,求人雑誌を見てかけた記憶があるなどともいうものであるが,〔3〕,〔4〕の電話をかけたのが家からであるとする点は,そのまま措信できない上,仮にそうであったとしても,本件犯行を行ったことと直ちに矛盾するとはいい難い。
その他,所論がるる主張する点を検討してみても採用できるものはなく,犯行日を平成13年9月16日とする点などを除き(甲60では,9月16日だといえるのは日曜日であるからだとしており,犯行日が日曜日であった記憶はあっても,それが9月16日であるとする明確な記憶はなかったことがうかがわれる[更に,当審検59参照]。),本件犯行に至る経緯,共犯者,犯行の実行状況につき供述するP12の自白供述(甲57ないし60)の根幹部分に信用性を認めた原判断に誤りはない。
(5)P13供述
P13の供述の概要とその変遷状況は,おおむね原判決が(補足説明)4項(5)イで説示するとおりであるが,当審で供述経過を立証趣旨として取り調べた供述調書類をも参酌するに,P13は,平成14年1月9日に逮捕され,この日は全く身に覚えがないとして否認していたが(当審検73,75),翌10日の検察官による弁解録取時に事実を認め(当審検80),同月17日付けで簡潔に事実関係を認める検察官調書が作成され(甲63),同日両親と面会した際,母親から平成13年9月16日は午前8時30分ころから午後4時30分ころまで,スーパーu(以下「u」という。)でアルバイトをしていたと聞かされると,平成14年1月18日の取り調べでは,再び事件はやっていないと言って否認しようとしたものの,結局アルバイトを終えた後,自転車でkに行った旨供述して自白を維持し(当審検77),同年2月19日の第1回少年審判期日でも,事実を認め(付添人弁護士も同旨の意見を述べている。),在宅試験観察決定を受けた(甲65)。
P13は,観護措置を取り消されて自宅に戻った後,再び否認し(P13公判における被告人質問では,試験観察と言われたときには,うれしいとしか思わなかったが,日記だの何だのとごたごた言ってきて,だんだんいらいらしてきて,やってないと言ったなどと供述している[当審弁42]。),第2回少年審判期日で否認している。平成15年3月6日の原審第7回公判証言では,本件犯行を否認し,自白した理由について,おおむね,以下のとおり供述している。すなわち,逮捕当日,a署でP33刑事の取調べが終わった後,P34という刑事が来て,手錠を掛けて○○署に連れていかれたが,なんで逮捕するんだと言って暴れたら,壁のところに突き飛ばされて手錠を掛けられた,車の中でもずっと怒鳴られっぱなしで,そういうのが嫌になって,P34刑事から解放されたくて1回容疑を認めた,P33刑事に戻ったら,また否認すればいいと思っていた,P34刑事からは,おまえ,ふざけてんじゃねえよとか,いつまでも言い逃れしているんじゃねえよとか,おまえの友だちは全員認めている,おまえの友だちでも,ネンショーに行ったやつがいるんだよとか,おまえ,もう名前が出ているんだから,言い逃れできねえよとか言われた,車の中で,P34刑事から,最後のチャンスをやる,事件でやったことを書け,胸を触ったと書けと言われて,右側だけ手錠を外してもらって書いた,取調べの途中で,uでアルバイトをした後,迎えに来てもらって家に帰ったから,本件はやっていない旨ずっと言っていたら,P33が,初めて見る怖そうな警察官を連れてきて,怒鳴るみたいな感じになり,uでアルバイトをしてから自転車でkに行ったことにされたというのである。
所論は,P13の自白供述は,警察官による誘導及び暴行・脅迫により強いられたものであり,任意性がなく,信用性を認める余地もない旨主張する。
検討するに,まず,警察官による暴行・脅迫がなされたとする点については,P13は,a警察署に任意同行された当初,暴言を吐き,攻撃的態度で,否認していたが,逮捕と同時にしゅんとなった,押送するため,手錠を掛けて取調室から出す際に,P13が抵抗したり,刑事が入ってきてP13を壁に押し付けるような暴力を振るったということはない旨の警察官P35(以下「P35警察官」という。)の原審証言,押送途中の車内で,P13にちゃんと話をしろよというような話をすると,どうしたらいいですかねという話があったので,書く気があるんだったら書けばと言って,停止させた車内で上申書を2枚書いてもらった旨のP23警察官の原審証言及びP13は,逮捕翌日の検察官による弁解録取手続や勾留質問でも事実を認めていることなどに照らして,所論に沿うP13の上記原審証言は,信用できない。また,上申書を書いたとき,車内で片手錠を外していなかったとしても,その場の状況にかんがみれば,重大な違法があるとまでいえず,もちろんその後の自白の任意性に影響を及ぼすものとはいえない。
次に,警察官の誘導により供述を押し付けられたとする点については,確かに,供述経過を立証趣旨として取り調べたP13の警察官調書中には,〔1〕事件を起こしたのは平成13年9月16日に間違いなく(当審検76),uでアルバイトをした初日,仕事を終えたその足でkに向かった(当審検77),〔2〕終日亭について,このころは改修工事をしていて電気がつかないことや周りがロープで囲まれていて人が入れないようになっていることを承知していた(当審検14)などの供述記載があることが認められる。しかしながら,P35警察官の原審証言によれば,P7とP8の二人がP10を連れ出す役,P9,P12,P13及びP14は被告人らの待つgへ行くという話が出た場所について,他の共犯者はlと言っていたが,P13の記憶ではqだと言うので,問答式で調書に記載したこと(当審検77にこれに沿う供述記載がある。),P13は「事件を起こしたのはこの日(平成13年9月16日)じゃないような気がする,もう少し前じゃないか,kに集まり,○○の事件があった日とは違う,その1週間ぐらい前じゃないか。」と言ったり,P10をベンチに座らせて話をしているとき,P9とP14と一緒にジュースを買いに行ったが,そのとき浮浪者が軒先に入っていたのは,雨がぽつりぽつり降っていたからだと思う旨述べていたことなどが認められる。これらはP10の変更後の供述にも沿うものであることなどからすると,P13は,捜査段階において,自己の記憶にあることは記憶にあるとおり供述していたと認められるのであって,犯行日の特定や犯行に至る経緯などに関して,最終的に警察官の説得を受け入れた部分があったとしても,任意性に影響を及ぼさないのはもとより,直ちに自白供述全体の信用性を揺るがせるものともいえない(むしろ,本件犯行は,9月16日より少し前ではないかと供述していた点は,P10の変更後の供述に沿うものとして信用性が高い。)。
所論は採用できず,犯行日を平成13年9月16日とする点などを除き,本件犯行の概略,共犯者全員の特定,自ら行った実行行為につき供述するP13の自白供述(甲63,65)は信用することができ,これと同旨をいう原判断は正当である。
(6)P14供述
P14の供述の概要とその変遷状況は,おおむね原判決が(補足説明)4項(6)アで説示するとおりであるが,当審で供述経過を立証趣旨として取り調べた供述調書類をも参酌するに,P14は,平成14年1月9日に逮捕された当日は否認していたが,(当審検68,70),翌10日の検察官による弁解録取時に,事実を認め,「私と一緒に今回の事件をやった先輩たちについては,P7さん,P8さん,P13さん,P9さん,P36と呼ばれている人,P37と呼ばれている人,その他に3人ぐらいいました。私は,逮捕された当初は先輩をかばって正直に話をすることができませんでしたが,よく考えてみて,自分が悪いことをしたのは間違いなく,その償いをするためにも正直に話さなければいけないと思って,このようにお話ししました。」などと供述し(甲67),同月17日付けで簡潔に事実関係を認める検察官調書が作成され(甲68),同年2月15日の審判でも事実を認め,保護観察決定を受けた。
P14は,同年4月9日付け検察官調書(甲69)でも,犯行日を平成13年9月16日とし,2学年上の被告人4名のことは覚えていないとする一方,本件公園の近くで,1学年上のP7,P8,P12,P13,P9たちと一緒にいたことを覚えている,P7の携帯電話にどこからか電話が入り,その後,P7が女の子を連れてきて,みんなで本件公園の中に行き,女の子の上着をだれかが脱がせて,みんなで代わる代わる女の子の胸を触ったりした,自分は一番最後に女の子に馬乗りになり,胸を触った旨供述している。
P14は,平成15年1月16日の原審第6回公判証言において,本件犯行への関与を一切否認し,逮捕された日,警察官から先に捕まったP7やP8から自分の名前が出ていると言われ,やっていないと言っても警察官も検察官も信じてくれなかったので,言っても無駄だと思い,早く出られるようにやったと認めた,審判が終わって1週間くらい経ってから,両親やP13に事件はやっていないという話をした,平成14年4月9日の検察官調べでは,そのときはまだ重要なことだとは思っておらず,高校(定時制で授業の開始時刻は午後5時半)に早く行きたかったので認めてしまった,単位が足りなくて,担任の先生に,あと一,二回休んだら危ないからと言われていた旨供述する。しかしながら,P14は,平成14年4月に高校に入学したばかりで,当時P14の両親もP14の保護処分の取消しを求めるため,アリバイ調査をするなど積極的に活動しており,P14もそのことを知っていたことなどに照らして,甚だ不自然な内容であって到底措信することができない。甲69において,4人の先輩の関与につき,従前の供述を一部後退させた不自然な供述をし,保護観察になって1週間か10日くらいたったころ,P13から2学年上の先輩たちは認めていないらしいと聞き,ひょっとしたら自分も助かるかもしれないと思って,親に,おれはいなかったんだよと伝えた旨も供述していることにもかんがみると,P14は,被告人らが否認していることを知り,被告人らからの報復を恐れるとともに,これに便乗して自己の責任をも免れようと考え,否認するに至ったものと解される。
所論は,P14の自白供述は,本来別の日である弟の誕生日会の記憶とセットにして供述されていること,通話記録と明白に矛盾することなどから,捜査官の誤導によって獲得されたことが明らかであり,信用性が皆無である旨主張する。
確かに,甲69には,犯行日は,弟のP38の誕生日で,家でやった誕生会に顔を出した後のことなので,日付については9月16日であることに間違いない旨の供述記載があり,また,当審で供述経過を立証趣旨として取り調べたP14の平成14年1月12日付け(当審検16)及び同月18日付け(当審検72)各警察官調書謄本にも,平成13年9月16日は,すぐ下の弟の誕生日,その下の弟が通っている小学校の運動会の日のことと記憶しているので,この日のことはよく覚えている旨の供述記載がある。しかしながら,犯行日の特定に関して,捜査官の示唆,誘導を受け入れた部分があったとしても,直ちに本件犯行を行ったことを認める自白供述について信用性が否定されることにはならないというべきである。
所論は採用できず,犯行日を平成13年9月16日とする点を除き,P12,P13,P7,P8,P9のほかP37と呼ばれている人らと一緒に本件犯行を行った旨及びその犯行状況の概略を供述するP14の自白供述(甲67ないし69)は信用でき,これと同旨の原判断は正当である。
(7)以上検討してきたところによれば,共犯少年らの自白供述には,犯行日を平成13年9月16日とする点や犯行に至る経緯の部分に,その犯行日を前提として,当時,取調官が有していた情報を反映し,あるいはこれを引き継いだと認められる誤った点が認められるものの,これらを除いた供述には十分信用性が認められ,かつ,以上は,相互に補強し合うものである。これと同旨の原判断にも誤りはない。
これらによれば,本件犯行当日,被告人P1からP7に対し,携帯電話でやれる女を用意しろと指示があったこと,P7から相談を受けたP12が,中学校の同級生だったP10が援助交際をしているとのうわさがあって軽い女というイメージがあったことから,その名前を出し,P7とP8がa駅にP10を連れにいくことになったこと,その間,被告人4名はgの駐車場で,P9,P12,P13及びP14の4名はその近くで待っていたこと,以上の10名でP10を本件公園に連れていったこと,本件公園のベンチで,P7がP10に,付き合ってくれなどと話をしていたが,被告人P1が,もういい,やっちまえなどと言ったのをきっかけに,P10を終日亭北側まで連れていって押し倒し,被告人P1が,P9やP12らにP10の手足を押さえさせ,P10に馬乗りになり,その上半身の服を脱がせ,胸をもんだりしたが,生理だと言って姦淫には至らなかったこと,続いて,その余の被告人3名,その後,共犯少年らが,順次,P10にキスをしたり,胸をもんだりなめたりしたこと,犯行後,P12とP9が,うまくいけばセックスできるかもしれないと思い,逃げるP10を追いかけ,P9は本件公園の出口辺りでやめたが,P12は一人でhの外まで行ったことなどが認められる。
3 被告人4名の自白の任意性・信用性について
(1)被告人P1供述
被告人P1の供述の概要とその変遷状況は,おおむね原判決が(補足説明)5項(1)アで説示するとおりであるが、当審で供述経過を立証趣旨として取り調べた供述調書類をも参酌するに,平成14年1月24日に逮捕され,当日の弁解録取や警察官による取調べ,翌25日の検察官による弁解録取及び勾留質問の際には,身に覚えがない,その場に行っていない旨供述して否認していたが(当審検83ないし86),同月26日,供述書を作成して自白に転じ,その後,捜査段階のみならず(同月31日付けで簡潔に事実関係を認める検察官調書[乙4]が作成されている。),家庭裁判所の観護措置決定手続においても事実を認めていたが(乙5),審判前日の同年3月7日家族の面会を受けて,本件はやっていないという話をし,それ以降,否認を続けている(乙6ないし9)。
被告人P1は,原審第8回公判供述において,平成14年1月25日から同月27日まで,取調べを担当したP23警察官から暴行,脅迫を受け,同月27日夕方認める話をした旨極めて具体的に供述しているが,同月26日,自白に転じたことと矛盾しており,暴力団とのかかわりを断つべきではないか,待っているのは家族なんだよという話を繰り返して説得を続けたところ,同月26日午後,実は昨日まではうそをついていましたと言って逮捕事実を認めた旨のP23警察官の原審証言と対比して,その信用性は薄い。
所論は,P23警察官は,被告人P1が再度否認供述に戻らぬよう自白供述を固めるために暴行・脅迫を続けることは十分に考えられるから,同月26日付けの供述書(乙68,
69)の存在はP23警察官による暴行・脅迫の事実と何ら矛盾するものではなく,むしろ,整合するものである旨主張する。しかし,被告人P1の原審公判供述は,同月27日の夜に認めてから,P23警察官の態度が一気に変わり急に優しくなったというものであり,自白後も継続して暴行を受けたり,暴言を吐かれたりすることがあったとは一切供述していないところである。所論は証拠に基づかない主張であり,採用できない。
被告人P1の自白供述の任意性に疑いを差し挟む余地はないとした原判断に誤りは認められない。
次に,所論は,被告人P1の自白調書における供述が具体的かつ詳細であるのは,P23警察官による強い誘導があったからにほかならず,信用性がない旨主張する。しかしながら,P23警察官の原審証言によれば,ほかの者の供述では,P10の生理に気付いたのは被告人P1だったと聞いていたが,被告人P1は,それは別の人間が気付いたと言っていたので,言うとおりに録取して調書を作成したこと(ただし,この点に関する被告人P1の供述は,P10の供述や共犯少年らの供述と食い違うだけでなく,被告人P1がP10に馬乗りになり,その胸をもんでいるときに,他のだれかがP10の下半身に手を出して生理であることが分かったなどという不自然なもので,到底措信できない。),犯行日について,被告人P1は,当時学校にも行ったり行かなかったりで,行かない方が多く,毎日が日曜日のような生活だったので,はっきりとした日にちは覚えていない,9月のころで間違いないというので,16日だったのではないかという質問をして,16日と記載したことなどが認められることにもかんがみると,所論が主張するような強い誘導があったとは認められず,被告人P1に明確な記憶のない事柄について,P23警察官からの誘導的な質問を受入れる形で供述調書の作成がなされた部分があったとしても,供述調書の全体について直ちにその信用性が失われることにはならないというべきである。
かえって,P39(以下「P39」という。)の原審証言によれば,P39は,平成14年2月にv少年鑑別所に送致され,同年3月19日保護観察処分を受けて出所したが,上記少年鑑別所で同室だった被告人P1が,面会から帰ってきた後,初めに言っていた日にちと1週間前後ずれている旨話していたことが認められるのであって,被告人P1が,本件犯行日について,P10の変更後の供述に沿う認識を有していたことがうかがわれるところである。
所論は,また,被告人P1の自白供述は,その行動,心理に重大な影響を及ぼすはずの降雨について全く供述されていないことから,事実に基づいて述べられたものではないことが明らかであり,信用性が認められない旨主張する。しかしながら,先に述べたとおりの平成13年9月9日の気象状況に加えて,捜査段階において,天候に焦点を当てた取調べがなされていなかったことなどにかんがみると,被告人P1の自白供述に,降雨に関する供述がないからといって,その信用性に影響を及ぼすものとはいえない。
さらに,所論は,被告人P1は,平成13年9月9日午後7時30分ころから午後9時30分ころまで,家族4人で,炭火焼きw(以下「w」という。)で食事をした後,同日午後9時30分から午後10時ころまでの間に,母,姉及びP6(以下「P6」という。)と共にカラオケx(以下「x」という。)へ行き,午後11時30分ころまでカラオケをしていたのであるから,被告人P1が本件犯行を実行することは不可能である旨主張する。
検討するに,同日の行動に関する被告人P1の原審第28回公判供述の要旨は,沼津に買い物に行き,午後6時から午後7時の間にaに戻ってきたところ,母親から電話があり,前日が母親の誕生日だったので焼き肉屋に行くことになったが,被告人P1も行くかと聞かれて行くと答えた,被告人P4の家に寄った後,原動機付自転車をa駅裏に駐車し,歩いてwに行った,午後7時40分か45分ころ店に着き,両親及び姉と食事をした,一,二時間後にwを出て,家族は車で,被告人P1は原動機付自転車を取りに行って帰宅した,その後,母及び姉とxに行き,午後11時前後にxを出た,午後10時過ぎころ,被告人P1が以前付き合っていたP6に電話をしてカラオケに誘い,姉に頼んでxまで車で送り迎えをしてもらった,というものである。
そして,被告人P1の父母,姉及びP6も,各原審証言において,おおむね被告人P1の上記供述に沿う供述をしているが(ただし,被告人P4は,被告人P1の供述に沿う供述はしていない。),被告人P1の母P40は,xには午後12時の閉店近くまでいた旨,父弘之は,wの窓越しに被告人P1が原動機付自転車で来るのが見えた旨供述するなど,被告人P1との供述に食い違いもみられる上,被告人P1の家族は,毎年母P40の誕生日を祝うということはないというのに,平成13年だけ祝ったというのも不自然である。P6は,平成16年1月13日の原審第17回公判証言において,被告人P1やその家族とxに行った日にちは平成13年9月9日であった旨断言するが,日にちを覚えていた理由として述べるところは,雨が降っていたことと,カラオケに行ったことが印象的だったからというにすぎず,上記各供述の信用性はいずれも薄い。wの平成13年の予約帳(当庁平成18年押第194号の3)には,同年9月9日(午後)7時30分から「○○○○様4名」の予約が入っていたことを示す記載があるが,wの経営者P5の原審証言によれば,上記「○○○○様」が被告人P1の家族であるかどうかは分からないというのであり,上記予約帳には○○○○姓による予約が他にいくつもあることやa市付近には○○○○姓の者が相当存在することがうかがわれることなどにも照らすと,被告人P1らの上記供述を裏付けるものとはいえない(なお,被告人P1の父母は,wに行ったのは同年9月9日が初めてであったと証言している。)。さらに,xの退室伝票(控)によれば,同日の最終利用者は,午後8時46分に入室し,午後10時41分に終了した女性客2名であり(甲143,144),xに行ったことに関する被告人P1らの上記供述が虚偽であることは明らかである。
以上によれば,被告人P1の上記供述及びこれに沿う上記各証言は到底信用するに値しないものというべきであり,これと同旨の理由により被告人P1のアリバイ主張を排斥した原判断は正当である。所論は採用できない。
以上によれば,被疑事実又は家庭裁判所への送致事実を認める旨の被告人P1の自白供述(乙4,5)は,犯行日が平成13年9月16日とする点を除き,十分信用できるものである(被告人P1の関係では,原判決が挙示するその余の具体的な自白供述も証拠となるもので,これらについても,犯行日を9月16日とする点及びそれを前提とする供述部分などを除き,信用できるものであることもちろんである。)。これと同旨の原判断に誤りは認められない。
(2)被告人P2供述
被告人P2の供述の概要とその変遷状況は,おおむね原判決が(補足説明)5項(2)アで説示するとおりであるが,当審で供述経過を立証趣旨として取り調べた供述調書類をも参酌するに,被告人P2は,平成14年1月24日の逮捕時の弁解録取では否認したものの(当審検90),その日のうちに,供述書を作成して自白し,翌25日の検察官による弁解録取(乙18)や勾留質問(乙19)でも事実を認め,その後,事実関係を詳細に供述し,家庭裁判所の観護措置決定手続においても事実を認めていたが(乙20),同年3月8日の第1回審判期日の前日,面会に来た母親らに対し,やっていないと答え,以後否認している(乙21ないし23)。
所論は,被告人P2は,長時間にわたり,ほとんど自分の話を遮られ,繰り返し,犯行をやったのかと責めるように聞かれ,にらまれたりすごまれたりし,少年だから反省の態度を示せば罪が軽くなる,というような助言を受け,他に逮捕された者は認めている,認めなければ少年刑務所に行くことになるなどと申し向けられたため,罪を認める方向に強く誤導されて犯行を認める供述をしたものであり,その供述に任意性はない旨主張する。
しかしながら,所論に沿う被告人P2の原審供述は,逮捕当日自白した最大の理由が,否認していたら少年刑務所に行くぞと言われたことにあるというのに,二日後の平成14年1月26日に接見に来た弁護士に,少年刑務所がどういうところで,否認していると少年刑務所に行くことになるというのは本当かなどと尋ねてもいないというのであり,その後家庭裁判所に送致されるまでの間,毎日のように母親が接見に来て,何回か本当にやったのと聞かれ,父親からも聞かれたというのに,その旨話して相談してもいないこと(少年審判でも同旨の供述をしている。)などに照らして,その信用性は薄く,同月25日,検察官による弁解録取のみならず勾留質問でも,自ら,被告人P1,同P4及び同P3の3人が示し合わせてやっていないことにしようと電話をかけて来たが,自分は本当のことを言おうと思った,そう思ったのは両親のことが浮かんできたことと警察官にも自分たちを信用してくれと言われたからである旨供述していること(なお,被告人P2は,原審公判供述において,取調べを担当したP35警察官から,警察は犯罪者を処罰することだけが仕事じゃないんだよと,君たちが立ち直るのを応援するのも仕事なんだよと,そういうことを分かってほしいという説明があったかもしれないなどとも供述している。)からすれば,被告人P2は,当初否認していたが,警察官に説得されたことや親のことを考えてうそを言い通すことはやめようと思い,自白したものと認められ,任意性に疑いはない。所論は採用できない。
所論は,また,被告人P2の自白供述は,警察官の言うことに従って反省の態度を示そうとして作成されたものであり,警察官の誤導,誘導により作成されており,全く信用性のないものである旨主張する。しかしながら,被告人P2は,上記のとおり,両親に申し訳ないといった気持ちから,真しに反省して自白したと認められるのであって,信用できるP10の供述や共犯少年及び他の被告人3名の自白供述とほぼ同旨の自白供述の信用性は高いというべきである。確かに被告人P2の自白供述は,犯行日を平成13年9月16日とするものであり,警察官調書中には,終日亭の入口にロープが張られ中に入れないようになっていた旨の供述記載もあるが(乙16),犯行日について「去年の9月の日曜日と記憶しています。今,刑事さんから去年の9月のカレンダーを見せてもらったところ,逮捕状に書かれていた去年の9月16日は日曜日であることが分かりました。それでしたら,僕の記憶と一致するので事件を起こしたのはその日に間違いありません。」などと供述していることにもかんがみると(乙85),犯行日につき記憶としてはむしろ日曜日であるとの記憶があったというものであるから,その自白中に当時の捜査状況を反映した供述部分があるからといって,被告人P2の自白供述の全部についてその信用性が失われるものではない。所論は採用できない。
さらに,所論は,被告人P2は,平成13年9月9日の犯行時間帯は,自宅ないし自宅周辺にいたのであるから,本件犯行は不可能である旨主張する。
検討するに,同日の行動に関する被告人P2の原審第27回公判供述の要旨は,午前10時半ころから午後2時過ぎまでと午後5時か6時ころから午後8時半か9時くらいまで,父親の経営する「○○○○」(以下,単に「店」ということがある。)の手伝いをし,その後,家の外につるしてあるサンドバッグを30分くらいたたいたり,家の周りを20分ほど走ったりし,午後10時か10時半ころ家に帰って寝た,夜,店の手伝いをしていたとき,顔見知りの客P41と,被告人P2が同年8月下旬に沖縄旅行をしたときの話をした,サンドバッグをたたいているとき,店の従業員P42(以下「P42」という。)がのぞいていた記憶があるというものであり,P41及びP42も,原審証言においておおむね被告人P2の上記供述に沿う供述をしている。
しかしながら,被告人P2の父親は,平成13年9月9日午前10時から,地区の公民館で,体育祭の昼食による食中毒に関係する説明会を催していることからすれば(原審弁93),被告人P2の上記供述中,父親に言われて同日午後2時過ぎまで店の手伝いをしていたという部分はともかくとして,その日は客がほとんどおらず,しゃべったりしていたことが多いという状況で,正午過ぎには両親も店に戻ってきたというのに,父親に上がれと言われていないから夜も店にいなければいけないと思い,いったん隣の自宅に帰って昼寝をしてから再び店に戻り,午後8時半か9時ころ父親に上がってもいいぞと言われるまで店にいたなどとする部分は不自然といわざるを得ず,これに沿う,同日午後8時過ぎから午後8時45分ころまで被告人P2と話をした旨をいう「○○○○」開店以来の常連客であるP41の原審証言も,同様に措信することはできない(なお,P42は,原審証言において,被告人P2は,午後3時か4時ころまでは店のカウンターの方や調理場にいたと思うが,夕方からは,いたかどうか記憶にない旨供述している。)。被告人P2は,高校に入ってからはほとんどサンドバッグをたたくことはなかったというのに,小雨の中,家の外につるしてあるサンドバッグを30分もたたいていたとする供述部分も不自然であり,これに沿うP42の原審証言も,証言するに至った経緯などに照らして,にわかに措信できない。
以上によれば,被告人P2の上記供述及びこれに沿う上記各証言は到底信用することができず,これと同旨の理由により被告人P2のアリバイ主張を排斥した原判断は正当である。所論は採用できない。
その他所論がるる主張する点を検討してみても採用できるものはなく,被疑事実又は家庭裁判所への送致事実を認め,さらに,共犯者全員につき,その名前を供述する被告人P2の自白供述(乙18ないし20)は,犯行日が平成13年9月16日とする点を除き,信用性が認められ(被告人P2の関係では,原判決が挙示するその余の具体的な自白供述も証拠となるもので,これらについても,犯行日を9月16日とする点及びそれを前提とする供述部分などを除き,信用できるものであることもちろんである。),これと同旨の原判断に誤りは認められない。
(3)被告人P3供述
被告人P3の供述の概要とその変遷状況は,おおむね原判決が(補足説明)5項(3)アで説示するとおりであるが,当審で供述経過を立証趣旨として取り調べた供述調書類をも参酌するに,平成14年1月24日に逮捕され,当日の弁解録取や警察官による取調べ,翌25日の検察官による弁解録取及び勾留質問の際には,全く身に覚えがない,その日その場所にはいなかった旨供述して否認していたが(当審検93ないし96),同月27日,供述書を作成して自白を始め,その後,捜査段階のみならず(同年2月7日付けで簡潔に事実関係を認める検察官調書[乙33]が作成されている。),家庭裁判所の観護措置決定手続においても事実を認めていたが(乙34),同年3月7日,面会に来た母親から,本当はどうなの,他の人はやっていないと言っているよと言われたことを契機として,翌日の第1回審判期日以降否認している(乙35ないし39)。
被告人P3は,原審第10回公判供述において,自白した理由は,〔1〕弁解録取時に検察官から,認めないと長い期間裁判をやって費用もかかると言われたことと,〔2〕勾留質問の際裁判官から,君だけうそつくの,ほかの9人はやったと言っているよと言われて,勝ち目がないんじゃないかと思ったことにある旨供述するところ,所論は,上記各発言が自白の強要に当たり,かつ,被告人P3が自白に転じた大きな原因であることも明らかであるから,被告人P3の自白に任意性を認めた原判断は誤りである旨主張する。
しかしながら,被告人P3の上記供述中,〔1〕の点は,被告人P3が,認めて弁護士を頼んだりしなければ金はかからず,母親に迷惑をかけずに済むと思っていたというのに,事実を認めた後,母親から弁護士を依頼したと聞いても母親に特段の申入れをしていないこと,〔2〕の点は,不合理な内容というほかなく(しかも,被告人4名のうち,平成14年1月25日の勾留質問時に認めていたのは被告人P2だけである。),被告人P3が,後にいくほど誇張した内容に供述を変遷させていることにも照らすと(原審第27回公判供述では,警察官に脅されたのも自白した理由であるとし,おまえ少年刑務所に行くぞとか,うそ言ってんじゃねえなどと怒鳴られた,逮捕された初日は,ほとんどずっと怒鳴られていたし,次の日も怒鳴られていた,逮捕された2日後は,多分怒鳴られていたのではないかと思うなどと供述している。),到底措信することができず,かかる被告人P3の原審公判供述に基づく所論も採用できない。
所論はまた,被告人P3の自白調書が捜査機関の誘導によって作成されたことを否定することはできず,原判決が被告人P3の自白の任意性を認める根拠とするところはいずれも誤りである旨主張する。
しかしながら,被告人P3の自白調書をみても,1番目の被告人P1か同P2が犯行を終えたのを見て,自分は強姦しようと思った(乙30),あるいは,P10を終日亭の方に連れていくときにP10を強姦しようと思ったとするなど(乙32),他の被告人らの自白調書と比べて後退した内容のものがあるだけでなく,犯行再現等の実況見分後,終日亭の脇の芝生のところで,P10の左側で,P10の腕を押さえ付けたのを思い出した旨の供述記載があるところ(乙32),被告人P3は,原審公判供述において,捜査官からほかの人と言っていることが違うなどと追及を受けたことはなく,自発的に供述した旨を供述していること(同時に,これを否定する旨の供述もしているが,その供述は採用できない。)などにもかんがみると,任意性に影響を及ぼすような誘導や供述の押し付けがあったとは認められない。
その他所論がるる主張する点を検討してみても採用できるものはなく,被告人P3の犯行を認める供述の任意性を十分に認めることができるとした原判断に誤りはない。所論は採用できない。
所論は,また,被告人P3の自白供述の信用性についての原判断は,恣意的で不当である旨主張する。
検討するに,まず,平成14年2月ころv少年鑑別所で被告人P3と同室だったP43(以下「P43」という。)の原審証言によれば,被告人P3は,姦淫行為まではしていないが,胸を触ったりキスをしたり,どちらかはした,友だちが先にいって,その後自分もやった,相手は後輩の友だちで,好みではないが周りの雰囲気に乗せられて勢いでやってしまった,一緒に事件を起こした仲間は,一緒に原付自転車に乗ったりナンパをする友だちで,先に逮捕された友だちが言ったため捕まることになったなどと話していたことが認められるのであって(所論は,P43の原審証言は信用できない旨主張するが,P43が,強姦が未遂に終わった理由を被告人P3から聞いたか否か覚えていなかったとしても何ら不自然ではなく,その他,P43の原審証言の信用性に疑わしい点は見当たらない。),被告人P3が,捜査機関とは無関係の者に,捜査段階における自白供述と同旨の供述をしていたことは,それ自体,自白としての証拠価値を持つほか,捜査官らに対する自白供述の信用性をも裏付けるものといえる。
また,被告人P3の自白供述は,犯行日を平成13年9月16日とするもので,警察官調書中には,その日は,アルバイトをしていた記憶があり,アルバイトが終わった後,被告人P4と連絡を取り合った旨の供述記載があり(乙29),犯行の日はアルバイトをしていたことと関連付けられているようにうかがわれるところ,同月ころ,被告人P3は毎週日曜日にアルバイトをしていたというのである(被告人P3の原審第27回公判供述)。なお,同公判供述において,被告人P3は,同月9日は,午前11時半から午後5時8分までの勤務だったが,その後どうしたかは覚えていない,家には帰ったと思う(ただし,弁護人からの質問に対しては,多分,自宅に帰ったか,被告人P4の家に遊びに行ったんじゃないかなと思うと供述している。)とも供述している。以上にかんがみると,犯行日を平成13年9月16日とする供述調書が作成されているが(上記のとおり,捜査機関による強い誘導や押し付けがあったとは認められない。),被告人P3の自白供述のその余についてその信用性が失われるものとはいえない。
その他,所論が,被告人P3の自白供述の内容は,具体的詳細とはいえず,P10や共犯少年らの供述と根幹に関する部分でほぼ一致しているともいえない旨るる主張する点を検討してみても採用できるものはなく,被疑事実又は家庭裁判所への送致事実を認める旨の被告人P3の自白供述(乙33,34)は、犯行日を平成13年9月16日とする点を除き,信用することができ(被告人P3の関係では,原判決が挙示するその余の具体的な自白供述も証拠となるもので,これらについても,犯行日を9月16日とする点及びそれを前提とする供述部分などを除き,信用できるものであることもちろんである。),これと同旨の原判断に誤りはない。
(4)被告人P4供述
被告人P4の供述の概要とその変遷状況は,おおむね原判決が(補足説明)5項(4)アで説示するとおりであるが,当審で供述経過を立証趣旨として取り調べた供述調書類をも参酌するに,平成14年1月24日逮捕時の弁解録取において,現場にいたが女の子には手を出していない旨供述し,同日付け警察官調書では,6人の後輩が女を襲うときにその現場にいたというのであれば,そこにいたかもしれないが,女の体に手を出した覚えは全くない旨(当審検100),同月25日の検察官による弁解録取時には,身に覚えがなく,このように後輩たちが女の子を強姦する場面にいたかもしれないが,覚えていない旨(当審検101),勾留質問では,事実を否認し,その場所にいたかどうかも覚えていない旨それぞれ供述したものの(当審検102),まず,同月26日付けで,次いで,同月28日付けで,それぞれ供述書を作成して自白を始めた。そのころ,両親と面会した際,祖父の家の稲刈りの手伝いに行っているはずだから事件には関係していないのではないかと言われて,一時否認したものの,稲刈りの手伝いは別の日に行っていると思うとして,自白に戻り(乙50),同年2月7日付けで簡潔に事実関係を認める検察官調書が作成されている(乙51)。被告人P4は,家庭裁判所の観護措置決定手続時(乙52)及び家庭裁判所調査官による調査面接時にも事実を認めていたが,同年3月8日の第1回審判期日において再び上記アリバイを主張し,以後否認している(乙53ないし57)。
被告人P4は,原審第11回公判供述において,事前に,P44から,逮捕されても20日間認めなければ出られると聞いていたが,思っていたより取調べが厳しく,何を言っても信じてくれなかったから認めた,逮捕された日に,取調官(P31警察官)とは別の刑事が,P9とかも,おれがぶん殴ったりして認めさせたんだみたいなことを言ってきたりしたので,自分もそうなるのかなと思い,認めた方がいいのかなと思うようになった旨供述するところ,所論は,警察官は,被告人P4に対し,暴力の行使を示唆し,威圧的言辞を用い,意にそぐわない供述をする被告人P4に対してすごんでみせることにより,被告人P4をい怖させ,いつ暴力を振るわれるか分からないという恐怖を感じさせることにより,終始自らの威迫の影響下において取調べを行っていたことが明白であり,このような状況下において獲得された自白供述に任意性がないことは明白である旨主張する。
しかしながら,被告人P4は,弁護人からの主質問では,やっていない,知らないと言っていたら,立っていた刑事が横から割って入ってきて,おまえやったことは認めろ,やくざとか暴力団とかも,自分がやったことははっきりちゃんと認めて,責任を取るんだよとか,後輩も,おまえの名前を出しているんだよとか言われたとしか供述していなかったが,上記供述は,検察官からの反対質問の機会に急になされたものであること,捜査段階において沼澤弁護人と接見し,本当のことを言えばいいなどと助言を受けていたというのに,取調べが厳しい旨訴えたことはなかったことなどに照らして,被告人P4の上記原審公判供述は措信できず,これに基づく所論も採用できない。
被告人P4が平成14年1月26日ころ自白した理由は,その原審公判供述によっても,結局,警察官から,他の9人がおまえの名前を出していると聞いた,おまえが最後に認めたりしたら,一番罪が重くなると言われたという程度にすぎないものであり,被告人P4が,捜査段階において,両親や弁護人とたびたび接見し,やっていないなら,やっていないと言うようにと助言を受けていたことなどからすれば,被告人P4の自白供述の任意性に疑いを差し挟む余地はないというべきである。
その他所論がるる主張する点を検討してみても採用できるものはなく,被告人P4の自白供述に任意性を認めた原判断に誤りはない。
そして,被告人P4は,両親と面会して,犯行日とされていた平成13年9月16日に祖父方の稲刈りの手伝いに行っていたことを知らされた後も,祖父の家に稲刈りの手伝いに行った日にちを覚えていないし,手伝いに行っていれば,被告人P4方で本件犯行の相談もできなかったし,事件に首を突っ込んでいないと思うから,稲刈りの手伝いは別の日に行っていると思う旨供述していることなどからすれば,被告人P4は,犯行を行った日にちについては明確な記憶がなかったものの,本件犯行を行った記憶があったからこそ自白したものと解するほかなく,P10にみんなでわいせつ行為をしていた時間について,自分の感覚では30分くらいの時間に感じられた旨,P10の変更後の供述に近い供述もしているのであって,信用できるP10の供述や共犯少年ら及び他の被告人3名の自白供述とほぼ同旨の被告人P4の犯行状況に関する自白供述は,犯行日を平成13年9月16日とする点を除き,十分に信用することができる。
さらに,同意書証として原審第3回公判期日に取り調べられたP45(以下「P45」という。)の検察官調書(甲106)によれば,平成13年10月15日より前のころ,暴力団幹部のP45が面倒を見ていた暴走族の関係者である被告人P1か被告人P4が「やばいんです。P7が連れてきた女をやっちゃって事件になりそうなんです。」と言っていたことがあるところ,同年12月3日にP45が逮捕される直前ころ,被告人P4が来て,P45に対し,「自分たちがP7に紹介しろと命令して公園に連れてこさせた女をやっちゃったことがあるんですけど,P7はすぐしゃべっちゃうやつだから,警察に自分たちのことを言っちゃうんじゃないか心配なんですよ。自分らみんなでやっちゃったんで,パクられるかもしれなくてやばいんですよ。」,「最後まではやってません。」などと相談していたことが認められるのであり,被告人P4が逮捕される前の平成13年12月ころに上記のような相談をしていたことは,被告人P4が自分たちが犯した本件犯行につき第三者に自白していたものであり,かつ,被告人P4の捜査官らに対する自白の信用性を裏付けるものといえる。
所論は,P45が,原審第22回公判証言において,明確に上記検察官調書(甲106)の内容を否定している以上,かかる証言を信用しなければならず,少なくとも検察官調書(甲106)については信用性に欠けるという判断が下されなければならない旨主張するが,P45の原審証言によれば,P45は,y刑務所に服役中,最初に警察官が事情を聞きに来たとき,自発的に被告人P4から相談を受けたことなどを供述し,その後,同旨の上記検察官調書(甲106)が作成されたもので,その信用性は高いものと認められるのに対して,原審証言において供述を翻した理由について何ら合理的な説明はなされておらず,P45の原審証言は到底信用することができない。所論は採用できない。
所論は,また,被告人P4のアリバイは,被告人P4自身の非常に信用性の高い供述により基礎付けられており,その存在が明白である旨主張する。
しかしながら,平成13年9月9日の行動に関する被告人P4の原審第26回公判供述は,その日は,多分家にいたと思う,夜遅い時間に,被告人P1,P46及びP47の3人がそれぞれ原動機付自転車や自動二輪車で家に来て,午後11時前後に,風が強くて,雨も少し降っていたが,外にバイクを乗りに行った,などというものであるが,何ら客観的裏付けがあるものではなく(被告人P1の原審公判供述は,被告人P4らとバイクで走ったのが多分平成13年9月9日だったんじゃないかなという記憶はあるが,その日だったとは言い切れないというものである。),不自然な内容であり,到底措信し得ず,アリバイが成立するとはいえない。所論は採用できない。
その他所論がるる主張する点を検討してみても採用できるものはなく,被疑事実又は家庭裁判所への送致事実を認める旨の被告人P4の自白供述(乙51,52)は,犯行日が平成13年9月16日とする点を除き,信用することができ(被告人P4の関係では,原判決が挙示するその余の具体的な自白供述も証拠となるもので,これらについても,犯行日を9月16日とする点及びそれを前提とする供述部分などを除き,信用できるものであることもちろんである。),これと同旨の原判断に誤りはない。
4 以上に検討してきたとおり,P10の変更後の供述は,十分信用できるものであり,かつ,P7,P8,P9,P12,P13,P14及び被告人4名の各自白供述は,犯行日を平成13年9月16日とする点及びそれを前提としたものと認められる供述部分などを除き,その余の根幹部分は,十分信用できるものである。これらを総合すると,原判示の罪となるべき事実を優に認定することができるから,原判決に所論指摘の事実誤認は存しないし,審理不尽の違法も存しない。
論旨は理由がない。
第3 職権判断
職権で調査すると,原判決には,未決勾留日数の算入につき,次のように理由そごの違法があり,破棄を免れない。すなわち,主文では「未決勾留日数中,被告人P1,同P2及び同P3に対しては140日を,同P4に対しては100日を,それぞれその刑に算入する。」としながら,理由中の法令の適用では「未決勾留日数中,被告人P1,同P2及び同P3に対しては各150日を,同P4に対しては110日を,それぞれその刑に算入し」としている。
そこで,刑訴法397条1項,378条4号により原判決を破棄し,同法400条ただし書を適用して各被告事件につき更に判決することとする。
原判決の認定した罪となるべき事実(ただし,「P7,P8,P9らと共謀の上」とあるのは,P7,P8,P9,P12,P13及びP14の6名を意味することが明らかであるから,その趣旨を明確にするため,「P7,P8,P9,P12,P13及びP14と共謀の上」に改める。)に法令を適用すると,被告人4名の原判示各行為はいずれも刑法60条に加えて,行為時においては平成16年法律第156号による改正前の刑法179条,177条前段に(刑の長期はその改正前の刑法12条1項による。),裁判時においてはその改正後の刑法179条,177条前段に(刑の長期はその改正後の刑法12条1項による。)該当するが,これは犯罪後の法令によって刑の変更があったときに当たるから刑法6条,10条により軽い行為時法の刑によることとし,量刑に当たり考慮すべき事情は,原判決が量刑の理由として掲げるところをおおむね是認することができるが,その中でも,被害者の被害申告にも問題があった点などをよりしん酌することとし,原判示各罪は未遂であるから同法43条本文,68条3号を適用していずれも法律上の減軽をした刑期の範囲内で被告人4名をそれぞれ懲役1年6月に処し,同法21条を適用して原審における未決勾留日数中,被告人P1,同P2及び同P3に対しては各150日を,被告人P4に対しては110日を,それぞれその刑に算入し,原審における訴訟費用のうち証人P5及び同P6に支給した分は,刑訴法181条1項本文により被告人P1に負担させ,その余は同法181条1項本文,182条により被告人4名に連帯して負担させることとし,主文のとおり判決する。
平成19年8月29日
東京高等裁判所第3刑事部
裁判長裁判官 中川武隆 裁判官 後藤眞知子 裁判官 小川賢司
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